1973年に発売された徳島製粉「金ちゃんヌードル」……不思議なラーメンである。

 

お店のラーメンを再現するような最近の商品とは一線を画し、実に「カップめん」然とした味わい。

 

麺の量は72gとたっぷり。素朴だがクセになる、スッカラカンのおなかに至上の喜びをくれる一杯だ。

 

最近では関東でも少しずつ置かれるようになり、筆者も見つけたら買って、貪るようにすすっている。

 

しかも、愛されている地域はもっぱら西日本の飛び地だ。地元の四国をはじめ、沖縄、静岡、富山、広島……中でも沖縄、静岡などでは「国民食」と呼ばれるほどに愛されているとも。

 

金ちゃんヌードルがよく食べられている所を表した地図

 

沖縄県宜野湾市で。箱買いもできるなど、沖縄各店ではものすごい勢いで置かれている

 

いったいなぜ、金ちゃんヌードルの愛される地域はこれほど散らばっているのか? もうすぐ発売から50年、その勢力図を少しずつ広げる徳島製粉に話を伺った。

 

答えてくれるのは、徳島製粉の執行役員営業部長である、椎野利夫さん。同社の重鎮の知見を拝借しよう。

 

 

最初は「沖縄のため」に生まれた

「いったいこの金ちゃんヌードル、どのように生まれたんでしょうか?」

「1973年6月、金ちゃんヌードルは弊社初のカップ麺です。そして、沖縄のために作った商品が、金ちゃんヌードルといっても過言ではございません」

「なぜですか?」

「金ちゃんヌードルは沖縄が日本に返還されるときに出たラーメン。我々が沖縄の風土を学んで生まれた商品なんです

 

「なぜ沖縄に?」

「もともと市場として興味があったのと、『遊びがてらゴルフにも行こうよ』とも思いまして……」

「正直だ!」

「ただ、そのゴルフでいろいろな人と意気投合できて。今も商品を取り扱ってくれている販売代理店の方に『もし沖縄に来てくれるなら、沖縄県に向いた商品を作ってくれ』と言われたそうです」

「そこから沖縄向けの金ちゃんヌードルが生まれるのか……!」

「そうなんです。たとえば金ちゃんヌードルって麺がちょっと固めですよね?」

「麺がしっかりしていますよね」

 

「おかげで時間が経っても麺はのびにくいんですが、これも沖縄と関係ありまして」

「どう関係あるんですか?」

当時の沖縄県は農作業に従事する方がとても多くて。そのとき、『キリのいいところまで仕事をしてから食べよう』というのが結構あって、“のびにくい麺”にしたそうです

「そこがあの麺の由来だったんですか……!」

「そして、金ちゃんヌードル特有のフタもそうなんですよ」

 

……農作業時にも食べやすい?

「そうなんです! 時間がたっても麺が冷めにくいですからね」

 

手に熱を感じさせない金ちゃんヌードルの二重カップ。これも暑い沖縄での普及に役立ったかもしれない

 

あふれる「マンパワー」が静岡と広島を大消費地にした

「そのほかの地域でも、局地的に愛されていますよね」

弊社は営業マンが全国的に少なくて、しばらく3名だったのもありますね。今は17名いますが」

「3人で各地を回していたとは……! ほかに静岡でもソウルフードと語られますよね」

「ええ、久保田利伸さんにも愛食いただいていました」

 

静岡出身のシンガーソングライター・久保田利伸さんも金ちゃんヌードルがソウルフード

 

「他メディアの記事によると、『静岡県民は東洋水産の進出などでカップ麺に馴染みがあり、かつほかに大手の同業者がおらず参入しやすい地域だった』とそのワケが語られていますが、どうでしょうか?」

「それもあると思います。が、静岡のある問屋さんが弊社の商品を気に入ってくれて、すごく力を入れて売っていただいたのも大きいです」

「問屋さんがキーマン!?」

「徳島製粉と金ちゃんヌードルにほれてくださって、『とにかく売る』と。かつては豪快な方が多かったんです」

「さらに、商品にほれた営業マンは強いと」

「はい。そうして、今まで並んでなかったスーパーさんとかにも、どんどん並んでいったんです。弊社の静岡県の礎を作っていただきました」

「金ちゃんヌードルがそこまで人を動かしたわけですね」

 

広島市・十日市町にて

 

「同じ理由で、広島でもよく売れますよ。広島には全国区になる前の、地元だけでとても力をもった問屋さんが多くあって、ガッツでたくさん売ってくださったんです」

「あ、そうだったんですか? 以前『広島県民が愛するご当地フード』と書かれたビラがSNSでツッコミが入っていましたが、あれはホントだったんですね!」

「ええ。金ちゃんヌードルと金ちゃんラーメン(袋麺)の5食パックが、広島は異様な数字で売れますから

 

四国で絶対的な牙城を築けたワケ

「四国も品ぞろえがいいですよね。徳島はもちろん、ほかの3県でもたくさん置かれています」

「四国ではおそらくどこのスーパーでも置かれているはずです」

 

姉妹品の金ちゃんラーメンとともに並べられる金ちゃんヌードル

 

「地元といえども、なぜここまで選ばれるんですか?」

大きな島のようになっている四国は物流コストが高くて、大手が参入しにくいんです。だから四国発の商品がよく売れる、独自の商品文化があるんですよ

「へえ!」

 

瀬戸大橋の完成後も四国の市場は特殊性を持ち続けている(Photo by Tzuhsun Hsu

 

「だからえひめ飲料さんのポンジュースとかも、四国では異様に売れるんですよ。『地元の商品を売ろう』との意識もありますから」

 

長崎や富山、東海3県も隠れた金ちゃん熱愛地域

「金ちゃんヌードル、九州のイメージはないですよね」

「じつは九州の中で、長崎県だけ異様に売れます

 

「西の端ですよね……なぜ?」

「昔から、金ちゃんヌードルのCMを流していましたので」

「なぜCMが?」

長崎のテレビ局の方と、弊社の創始者との関係が良好だったんです

「長崎でも、人との関係性で販路が育ったのか……ほかにも愛されている地域はありますか?」

富山です。30~35年ぐらい前から、北陸3県の中でも人口もそれなりにいるし、寒くてラーメンが売れそうだからと販売に力を入れた県でした」

 

「富山ブラックなんかでラーメン文化もありますもんね」

「売り上げが増えてきたので、27~28年くらい前に、北陸に営業マンを置くようになりました」

「フォロー態勢もできて、金ちゃんヌードルがますます浸透したわけですか」

「北陸では現地採用して、石川、福井を合わせた3県で営業マンが2人いますよ」

「あと、愛知・三重あたりでもよく見ますね」

「ええ、あと岐阜を加えた東海3県でもそこそこ並んでいます

 

筆者が名古屋滞在中に見た金ちゃんヌードルのCM

 

東日本大震災から関東にも本格進出

「金ちゃんヌードルといえば、西日本中心の展開ですよね。最近は関東でも少し買えるようになりましたが」

「でもその歴史は古いんです。セブン-イレブンさんが『西と東で売れる商品を取り替えよう』って企画が30年ぐらい前にあって」

「斬新な企画だ」

「それはペヤングさんが西に初進出したきっかけなんですが、金ちゃんヌードルもはじめて東に流れたんですね。それで飛ぶように売れまして

「東日本進出のきっかけになりそうですね……!」

「ただ、徳島から東日本へ売りに行くのは輸送コストが悪いのと、返品やお申し出への対応が難しいので、あきらめました

「ケアが行き届くエリアに集中して、さながら西日本限定品のようになったんですね」

「それでもコアなお客さんが若干ついてて、東北や関東の一部にはずっと置かれていたんですよ。たとえば関東だとスーパー・カスミさんのある店舗だけとか」

「そこから、関東でも少し置かれるようになったのはなぜですか?」

2011年の東日本大震災からです。忌まわしい過去なんですが……風評被害で東の商品を避け、西日本の商品を買う風潮がありましたから

 

Photo by Koshi2016

 

「異常な状況でしたね……!」

皮肉なことにそれが関東進出のきっかけになって。そこから5年ほどして関東への営業体制を強化し、今ではそれなりに置かれるようになりました」

「たしかに、ドン・キホーテあたりではときどき見かけますね」

 

都内でもドン・キホーテではときおり見かける

 

「そんな金ちゃんヌードルですが、全体の売り上げはいかがでしょうか?」

「おかげさまで毎年、ほぼ前年を超える売り上げです。販売地区をじわじわと広げていますからね」

「少しずつ勢力範囲を広げているんですか」

「我々が販売を強化するのに加えて、西日本で金ちゃんヌードルを愛してくれたバイヤーさんが全国にパラパラと散らばって、『無いならウチで出す』とがんばって売ってくれるんです

「そこも局地的なんですね」

「ええ。『おいしかった』と記憶をもってくださる方には、『こんなにまで』と全力で売ってくれるんです。ありがたいですね」

 

筆者オススメの「しお」。濃くないのにしっかり味がある

 

金ちゃんヌードルが愛される地域。これ以外にもエリアは拡大中

 

徳島を知らしめる金ちゃんヌードル

「最後に、徳島って少し地味な印象があるんですけど、徳島の名前を知らしめる存在こそが『徳島製粉』ですよね」

「徳島は人口も少ないうえに高齢化が進み、全国の企業さんばかりになってきて。地元の企業さんはなくなってしまうところも多いです」

 

「危機感を感じていると。ただ、僕らにとって金ちゃんヌードルは、もはや阿波おどりと並ぶ徳島発の名物です」

「ありがとうございます。いま徳島県と連動して、徳島らーめんのカップに徳島県マスコットの『すだちくん』を載せています。徳島県の知名度を少しでも上げたくて」

 

右下のキャラが「すだちくん」。徳島名物のすだちから生まれた。徳島製粉はひそかに徳島愛を叫ぶ

 

「そうか、金ちゃんヌードル以外にも商品はたくさんありますよね。この『徳島らーめん』もなかなかの味でした」

「そうそう……うちは売り上げの半分が金ちゃんヌードルのしょうゆ味ですが、ほかも売れてほしいですので。我らが徳島県と金ちゃんヌードルならびに、ほかのフレーバーやほかの商品もよろしくお願いします(笑)!」