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厳寒の京都からこんにちは、おかんです。あ、いえ、お洒落な柄シャツを着こなすこの方ではありません。

 

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右側が私です。お話をうかがっている相手は、京都精華大学の新学長、ウスビ・サコさん

 

マンガ学部を日本ではじめて設置したり、妖怪に詳しい教授がいたり、なにかとユニークな京都精華大学。私の母校でもあり、ジモコロでも過去に取材をおこなっています。

 

 

 そんな京都精華大学ですが、新学長の就任決定が世間を賑わせました。

 

新学長のウスビ・サコさんはなんとマリ共和国出身。人文学部の先生です。「どうしてマリから京都に?」「なにを研究してる先生なんだ」とTwitterなどで話題になっていたのですが、卒業生ながら私も抱えている疑問は同じ。

私は芸術学部に所属していたので、学部の異なるサコさんとは挨拶を交わすくらいの距離感でして……。

 

「世間の注目めっちゃ浴びてはるけど、私もサコさんがどんな人なのか、知りたい!」とサコさんに直接お話をうかがってきました。

「外国人が日本の学長に」くらいの気持ちでいたのですが、マリの壮絶な英才教育システムから日本の住環境がはらむ問題点まで、めちゃくちゃ濃い話の連続だったんです。 

 

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お話を聞くために訪れたのは「本町エスコーラ」という場所。京都駅の西側、三十三間堂の近くの街ナカにあるコミュニティスペースです。

 

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路地裏の長屋8軒と庭を、住居やアトリエに改修し、「ともにつくる」ことを通してコミュニティを育むことを目指している場所。サコさんはここのメンバーのおひとりなんです。

 

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ここで改めて、ウスビ・サコさんの紹介を。

 

ウスビ・サコ

京都精華大学人文学部教授。マリ共和国の首都バマコ生まれ。高校卒業後、中国・北京語言学院(現・北京語言大学) に留学。南京東南大学で建築学、大学院で建築デザインを専攻。その後、京都大学に進学し京都大学大学院建築学専攻博士課程修了。マリ語、英語、フランス語、中国語、関西弁を操るマルチリンガルで、研究対象は住宅計画・住まい・住み方の研究。住宅デザインと生活様式の関連を様々な国で調査している。

 

おかん「今日はよろしくお願いします。サコさんは人文学部の教授で、春から学長に就任されるんですよね。ところで、サコさんってなんの先生なんですか?」

サコさん「人の動きやコミュニティのあり方から空間を考察する『空間人類学』を研究しています」

おかん「空間人類学?(日本語ペラペラや……)」

サコさん「そうですね。たとえばおかんさんは、隣に誰が住んでいるか把握していますか?また、把握していたとして、その隣人との関係は良好ですか?」

 

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おかん「歳の近い男性が住んでいますね。関係はかなり良い方だと思います。挨拶もしますし、お土産をおすそ分けしたり、旅行に行くときに植木の水やりを頼んだりしてます」

サコさん「素晴らしい、それはかなり良好な関係ですね!でも、みんながみんなそうではなくて、現代の日本は、豊かな生活を望んだ結果、コミュニケーションが断絶される空間が増えすぎて孤立している人が多いのをご存知ですか

おかん「核家族化による孤独死や育児ノイローゼ……とかですか」

 

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サコさん「そうですね。たとえば孤独死や育児ノイローゼといった社会問題から、都会の中で人々が抱える孤独感、『なにかあった時に遠方の親しか頼れない』といった悩みまで、これらの問題は人がどう動くかを把握した空間づくりで大きく改善できると考えています。その方法を見つけて、世の中の仕組みを変えていくための研究が空間人類学なんです!」

おかん「な、なるほど!?詳しく教えてください!」

サコさん「たとえば……」

 

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サコさんの資料より抜粋

サコさん「大学院で所属した研究室での研究を紹介します。これは祇園の街で各家庭の打ち水の範囲を計測した図です。京都では、玄関掃除の最後、家の前の道に水を撒く『打ち水』をしますよね。この打ち水をする範囲が、隣家の前の道まで重なるところと、重ならないところがある。調査をすると、打ち水の重なる範囲が多いほうが、地域の人間関係が良好であると判明したんですよ

おかん「へー!!(なんなら関西弁もペラペラや……)」

サコさん「良好な人間関係やコミュニティを生むには、単純な人の繋がりだけではなく、空間をどう配置して使うのか、どのように他者と空間を共有しているかが重要なんじゃないかと考えています。打ち水の範囲を調べたのは、それを裏づけるためですね。このような内容の学問を研究しています」

おかん「それってサコさんたちが各家で撒かれた水たまりをメジャーか何かで計って計測したんですか?」

サコさん「そうですね」

 

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おかん日本語ペラペラなうえに関西弁の身体がデカいマリ共和国のおじさんが京都の打ち水の範囲を測ってるの、めちゃくちゃ面白いな……」

 

しかもそんな人が日本の大学の学長に就任したの、めちゃくちゃ面白いな!!

 

 

「外国人」の型から抜け出したからこそ得られた学長という立場

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おかん「研究内容のことは後ほど詳しくうかがうとして、先日のニュースについて聞かせてください。サコさんの学長就任の報、SNSやWebニュースでも盛り上がってましたね。アフリカ出身の人が日本の学長になるって前例はあるんですか?」

サコさん「副学長までは聞いた事があるんですけど、学長ははじめてだと思います。日本以上に海外の反応もすごかったですね」

おかん「海外でも!」

サコさん「『日本の社会はクローズド』っていう先入観が強いだけに、アフリカの方では大きく取り上げられましたね。多様な民族がいるヨーロッパでも、『アフリカ出身で学長ポストの人がどれだけいるんだ?』と議論を呼んだみたいです」

サコさん「海外からの取材もたくさんあったんですけど、ただ、なかには依頼を断ったものもあるんですよ。いわゆる『ブラックサクセスストーリー』を期待しているケース」

おかん「『黒人が差別されている中で……!』みたいな」

サコさん「そうです。学内ではそういうの意識した事ないんですけどね」

おかん「京都精華大学は個性派な先生や学生が集まるぶん、日本人だろうが外国人だろうが平等に接する雰囲気がありますもんね。そういうフラットな気風がサコさんの就任に繋がったんだと思うんですけど、海外は私たちが思ってる以上に差別があるってことなんですか?」

サコさん「差別ではないんですが、良くも悪くも『外国人』という枠組みのなかに収まってしまうというのはありますね。どこの国でもそうだと思うんですけど。たとえば日本人が海外で仕事をしていても『日本人だから』という枠組みで評価されたほうが安心じゃないですか」

おかん「それ、よくある『海外で頑張る日本人!』みたいなやつですね」

サコさん「それが悪いことだとはまったく思いません。ただ、『外国人』というポジションの中にいたほうが心情的にも楽。でも、枠を壊して社会の中、私の場合は日本社会ですね、それに入っていく精神力やエネルギーは相当なもの。だからみんな途中で諦めてしまう。日本人と同じ土台で活躍したり、上に立とうとしたりする機会を自ら諦めた方は多いと思うんですよね」

おかん「なるほど」

サコさん「京都精華大学は国籍やルーツがどこでも同じ土台で計るんで、同じチャンスを与えてくれた。その分『自分が外国人である』という型を破って、周りと同じ水準で勝負しないといけなかったので苦労はありました。ただ、学長として指名をいただいたのはその苦労があったからなのかなと」

 

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「まあ予想以上に学長就任の報が広がって『えらいこっちゃな〜』とは思いましたけどね」笑うサコさん。関西弁ネイティブ!

 

 

実家から隔離!ベルトでお仕置き!超ハードモードな英才教育時代

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インタビュー場所の庭は冬ながら緑が生い茂っていた。マリ共和国は国土の1/3が砂漠の国。マリの冬はどんな感じなんだろうなぁ

おかん「サコさんはどんないきさつで京都にやってきたんですか?」

サコさん「今は変わったかもしれませんが、当時は高校で成績の良い生徒がリストアップされ、さらに一定の試験に合格した人が奨学生として外国に送り込まれるんですね。留学先は色々あって、ロシア、ドイツ、キューバなど。留学先は生徒が選ぶことはできなくて、私は中国の大学に割り振られました」

おかん「じゃあ、めちゃくちゃ優等生だったんですね」

サコさん「マリは大学までの学費が無料なんですが、その代わり超セレクティブなんです。勉強できる人だけ残して、できない人を落としていく。留年制度が小学校1年生からあるんですよ。私が日本にきて驚いたのは『同級生=同い年』っていうところですね」

おかん「小学校1年から!?」

 

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子ども時代のサコさんや実家の写真。目がくりんくりんでかわいい……

サコさん「さすがに3回ほど再試験のチャンスは与えられます。でも落ちたらそこで学歴が終了しちゃう。今年でいうと、高校進学率は40%未満ですね」

おかんユニセフのデータによれば、マリの識字率は2008〜2012年の統計で約33%しかなかったんですよね。そんななか大学まで進学して海外で学長になるって、マリ界の賢人of賢人じゃん……」

サコさん「私の家はたまたま、父親が教育にうるさかったんですね。小学校4年から中学3年まで学校の先生の家に預けられて勉強漬けの日々を送っていました。実家から何百キロも離れた田舎で、6時から23時までずっと勉強。居眠りなんてしたら、車のベルト部品をムチにして叩かれるんですよ。もう血だらけになっちゃって

 

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おかん巨人の星かなにか?

サコさん「1度耐えきれなくなって逃げ出したこともあります。乗り合いバスに乗って、ズタボロになりながらもようやく実家についた翌日、父親に車で先生の所に強制送還させられた」

おかん「よくグレずに育ちましたね」

 

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マリ共和国の首都、バマコにあるサコさんが通っていた進学校

サコさん「なんとか無事に奨学生に選ばれました。留学先も国が決めるんですよ。役所みたいなところに集まって、そこで『●●高校の▼▼さんは中国に決まったから手続きをしなさい』ってアナウンスがあるんです。それに、合格した人はみんなテレビの国営放送で名前を読み上げられます」

おかん「国家の大事業じゃないですか」

サコさん「私は中国に派遣されることが決まったのですが、当時の中国はまだまだ発展途上の段にあったので、諸外国の中でも人気がなかった。最初は不満でしたね。超進学校で常に成績5位以内なのに『なんで俺が中国なんだ!』と教育省に文句を言いにいったり

おかん「めんどくさい優等生が来た感ある……実際、中国はどうでしたか?」

サコさん「衝撃的でしたね。みんな背が低いし、服はマリと比べて地味だし、みんな自転車だし、石炭の臭いもすごかったし」

おかん「自転車関係ないやろ!」

サコさん「お恥ずかしい話ですが、自分たちの世界以外のものを見るのがはじめてで拒否反応を示してしまったんですね。当時はインターネットも普及していないので。ただ、親元から離れて外国で生活するというのは楽しかったな〜!」

 

 

実際の人の暮らしを知らずに居住間を考察するのは「嘘くさい」

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中国留学時代のサコさん。在学中はよく留学生仲間とパーティーしていたとか

おかん「中国からすでにいまの研究分野、空間人類学を学んでいたんですか?」

サコさん「いや、最初は建築・設計でしたね。私達は奨学生に選ばれた時点で、ゆくゆくはマリの国家公務員になることも約束されるため、国の発展により役立つ分野を学ぶわけです。中国の大学を卒業したらすぐにマリに戻る予定だったんですが、マリの経済状況の影響で、卒業しても1、2年は公務員の就職待ちという状況に陥ってしまって」

おかん「大変でしたね」

サコさん「それではじめて大学院への進学が認められたんですよ。旅行をきっかけに知った京都に決めて、京都大学の大学院に進学しました」

 

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京大時代、先斗町の川床での1枚。オープンな雰囲気が伝わってくる

おかん「中国と日本との研究土壌の違いはありましたか」

サコさん「当時の中国の人たちは生活の実態を把握させてくれなかったんですよね。将来的にニューヨークみたいに発達した中国をつくらなきゃいけないから、現実的な街のマイナス部分は不可侵だった。しかし、日本の人は、ありのままの現実を見せてくれました。なので自由に研究ができましたね」

おかん「なにがきっかけで現在に繋がる研究をはじめたんですか?」

 

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サコさん「最初は自然環境を大事にする空間デザインや、人がどのように建築空間の中に生活しながら自然環境を守るのかを研究していたんですよ。でも、研究を進めるうち『嘘くさいな』って思うようになって……

おかん:「嘘くさい?」

サコさん「修士学生の当時、大阪府の環境共生のあり方についての論文を執筆したところ、府の参考書として使われることになりました」

おかん「すごいですね」

サコさん「ただ、職員さんたちに話を聞くと、行政として環境保全を訴えつつも、個人のレベルになると大して環境を大事にしたいという意思を持っていなかったんですよ。そういう制度があるからなんとなくやっている、という印象で」

おかん「環境に悪いと知りつつ、エレベーターを使っちゃうみたいな?」

 

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サコさん「そうそう。かくいう私も、個人レベルでの環境の向き合い方まで深く考えず、当時流行していたエコロジーデザインとかビオトープに手を出してたんです。でも、研究で色々な場所を訪ね、たくさんの人と話しているうちに、哲学のレベルも含めて不平等だなと思ったんですよね」

おかん「不平等、ですか」

サコさん「公明正大な政策やスローガンを打ち出す人たちは影で『汚してもいいや』と、言っていることとやっていることが違うのに、それを告知される人は『汚さないで』って指摘される。その差ってなんなんだろうな……と」

おかん「なるほど」

サコさん「それを大きいレベルでいうと先進国と途上国の環境に対する価値観の違いになります。マリで『環境のことを大事にしろ』『エネルギーを使いすぎるな』なんて講演会で言うと『は?』みたいな感じで

 

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サコさん「『電気も通ってないのに何を言ってるんだ。お前はマリを忘れたのか!?』って」

おかん「不謹慎だけどめちゃくちゃ笑える」

サコさん「途上国は『エネルギーの使い過ぎはやめましょう』と言われるけど、実際にエネルギーを使い過ぎているのは先進国。なのに途上国にその基準を押し付けようとするんですね。そういう事実の元で、環境問題ってなんだかエゴだなと思って。それでもっと現実的に世界を見なくてはと、研究テーマを現在の『空間人類学』に変更しました」

 

 

マリの住宅研究から見えた「土地にあった住まいのつくり方」

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サコさん「コミュニティと空間のリアルな関係に目を向けよう。そう思って空間の中で皆さんがどういう行動パターンをしているのか、まずはマリの居住調査をはじめました」

 

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サコさん「たとえばマリの家は、土地の真ん中に中庭を置いて、それを囲むように寝室などの個別の部屋が置かれています。昔は人口が多かったのでこれでひと家族が住んでいましたが、いまは複数の家族が住む小さな共同住宅になっていて中庭が共用部分になっています。暑い国なのでみんな1日の大半を中庭で生活します」

 

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マリの家の間取り図。外周沿いに部屋が並び、中央に庭がある。サコさんいわく、ここで煮炊きをしたり洗濯をしたりするのだそう

サコさん「どの家の人がどんな行動をしているのか、日本人の学生をつれて1日ずっと張り付いていました。朝7時から夜7時までずっと観察するんですけど、夕方になると暗くなっちゃって、日本人にはどのマリ人か見分けがつかず、記入ができなかったのが面白かったですね」

おかん「お、欧米の人から見たら、日中韓の人の見分けがつきにくいっていうし……」

サコさん「興味深いことに、中庭の広さを共同住宅に住む人数で割ると全然広さが足りないんですよね。足りないんだけど、なんとなく彼らはうまいこと領域を重ねながら生活ができているんです」

 

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各家庭の行動範囲を色分けした図。家ごとに共用庭をうまくシェアしている

サコさん「西洋では1空間につき1機能ですが、マリでは調理をすればそこが台所であり、そこでご飯を食べるとダイニング。こうした人の行動を把握した上で空間づくりをしないと、いくら『西洋ではこれが最先端だ』って言っても、住む人からすれば「嘘くさい」産物にしかならないですよね」

おかん「なるほど〜。サコさんが考えるのは、土地ごとの個性に合わせた空間づくりで、人の生き方をより心地よくするための研究なんですね」

 

 

曖昧な領域を容認すれば、人々はもっと心豊かに生きることができる

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今回お話をうかがった場所「本町エスコーラ」も、プライベートとパブリックの境目が曖昧な路地や共有スペースを持っている。雑然としているのは、プロジェクトチームでスペースそのものをDIYしている最中だから

おかん「冒頭の『人がどう動くかを把握した空間づくりで大きく改善できる』という話ですが、いまの日本が抱える住宅の問題点を詳しく教えてください」

サコさん「やはりコミュニケーションの縮小化ですね。寝室や風呂場などプライベートな空間は大切です。しかし戦後以降『いかに個人のプライバシーを守るか』と重要視しすぎて何もかもを壁で仕切ってしまった結果、個人が孤立してしまったんですね」

おかん「ただ、それが豊かさの象徴でもあったわけですよね。自分だけの家、自分だけの部屋、占有できる空間を持つことこそが発展だと」

サコさん「ですが、いまは家の中ですらプライバシーにとらわれています。子どもは部屋から出てこないし、SNSなどで家族より遠い場所の人とのコミュニケーションを優先させてしまっていますし。

日本人は家の中でも外でも、もっと曖昧な領域をつくった方が心豊かに生きられるんですよ

 

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サコさん「いま話しているこの空間は、非常に境目が曖昧なんです。お茶をすればカフェスペースになるし、PCを開けばオフィスになる。洗濯物を干してもいいし、庭にハーブを植えてもいい。曖昧な空間があったほうが、人との交わりが生まれるし、使用方法に余白があるぶん単純に面白いでしょう?」

おかん「そうですね。私が隣人との関係が良好なのは住民共用の広いテラスがあるからなんですよね。そこで鉢合わせて知り合ったので」

 

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8軒の長屋はアーティストのアトリエや倉庫、住人以外も利用可能なレンタルスペースが入っている

おかん「曖昧な領域に寛容かつニーズがあるのは、若い世代かもしれませんね。最初から窮屈だったからこそ、ローカルコミュニティの繋がりを大事にしたり、シェアハウスが人気だったり。幅広い世代、たとえば主婦層やさらに上の世代で曖昧な領域への理解を広げるにはどうしたらいいんでしょう?」

サコさん「課題としては、曖昧なスペースを自分たちで管理する自主性を育てることですね。共有スペースがあっても、結局のところ管理はマンションの管理人や業者じゃないですか」

おかん「確かに……」

サコさん「他者や企業に丸投げするのではなく、住人たちで共同管理をするのが重要ですね。多少それぞれが我慢しても共同で使える場所をつくって、みんなで一緒に管理していくとコミュニティへの帰属意識も変わると思うんですよ」 

 

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いずれは土壌も耕して、コミュニティと建築、インフラを使用者たちの手で循環させていきたいと語るサコさん。「本町エスコーラ」の成功が曖昧な領域の必要性を裏づけてくれそう

おかん「ただ、最近は各部屋の移動に必ずリビングを経由するつくりの家があったり、子ども部屋は寝室だけにして、勉強や遊びはリビングでさせる家庭も増えてきていますよね。少しずつ社会全体が変わってきているのかもしれません」

サコさん「それだけではなく、最近は団地などの市営住宅が見直されてきていますね。子どもが遊ぶスペースがあったり、夏祭りをする場があったり。空間を他者と共有することで『我慢』を覚えられるわけですよね。それはストレスだけではなく、他者が近くにいることの安心感や多様性を容認できるようになると思います

おかん「プライベートでも仕事でも、生まれてから死ぬまで、人間どこかで必ず他者と関わりながら生きていくことになりますもんね」

 

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いかがでしたか?

まさかマリ出身の人から日本の住宅事情の問題点を聞けるなんて思ってもみなかったんですが、「曖昧な領域を容認しよう」という言葉は、マリからフランス、中国、日本とさまざまな国で住環境を学び歩いてきたサコさんだからこそ話せるのかもしれません。

 

これは余談ですが、Webのいたる場所で「こうでないと許せない」という論争が増えているように感じます。

論じることは決して悪いことではないのですが、かつて日本が経済発展するにつれて曖昧な領域を許容できなくなったように、Web上の空間でも、発展するにつれリアルな住環境の問題と類似したことが起こってきているのかも。

 

 「曖昧な領域を容認する」。
それは決して住宅だけの課題ではなく、人々を取り巻くオフライン/オンラインの暮らし全てに当てはまるのではないでしょうか。

線引きをすべき部分はしっかり見落とさず、それでも不確定な曖昧さを愛しながら大らかに生きていきたい。

 

畑になるのかもしれない、オフィスになるかもしれない、「本町エスコーラ」の何にもカテゴライズされない曖昧な庭を眺めながら、そんなことを思ったのでした。