老舗和菓子屋の店主に訊く「古き良き名古屋」とは

お話をしてくれたのは、「梅花堂」3代目店主の汲田光司さん。覚王山で生まれ育ち、25年前にお店を継いで以来、郷土菓子の鬼まんじゅうを守り続ける、生粋の名古屋民です。

 

名古屋の定番おやつ、鬼まんじゅう

「鬼まんじゅうって、名前のインパクトが強いですよね。子どもの頃から名古屋に来るたびに食べていたので、自然と受け入れていたのですが、よく考えると名前の由来が気になります」

「正確な由来はわからんけども、個人的には『ゴツゴツした見た目が鬼を連想させるから』だろうと思うよ。角を生やせば、まさに鬼っぽいもんね」

「言われてみれば、鬼の金棒のようにも見えます。ただ、強そうな名前とは裏腹に、材料や作り方は非常にシンプルなお菓子ですよね」

「材料はサツマイモ、小麦粉、砂糖だけ。混ぜ合わせて蒸すだけだから、家庭で手作りする人も多いね。もともと、戦中・戦後のサツマイモしかなかった時代に作られたものだから、今みたいに『嗜好品』として食べる感じではなかったけれど。名古屋の人にとっては、小さい頃からよく食べとった“昔懐かしい”おやつだわね」

 

「名古屋生まれの母も、子どものときは祖母が鬼まんじゅうをよく作ってくれたと話してました。そう言えば最近、母に会う機会があって手土産に梅花堂の鬼まんじゅうを持って行ったら、あまりの美味しさに感動してました! 1日に1,000個も売れるほど圧倒的な人気を誇る、その美味しさの秘密が気になります」

「1929年の創業時からの作り方をずっと守っとるだけで、『秘密』と言うほど特別なことは何もしとらんよ。サツマイモは、名産の九州や四国から取り寄せとるけど、季節に関わらず使う品種もほとんど同じだね」

「特別なことはせず、ただ100年近く前から愛されている味を踏襲し続ける。その実直なスタンスが美味しさと人気に反映されているんでしょうね」

 

市電のある風景、人情味ある商売仲間

「今回、記事のテーマが『レトロな名古屋』なので、昔の名古屋についてもお話を聞かせてください。汲田さんから見て、昔の名古屋ってどんな町だったのでしょうか?」

「昔の名古屋かあ……印象的な景色で言うと、店の前で市電が走っとったことかな。毎年10月に開催される名古屋最大のお祭り『名古屋まつり』では、豪華に装飾された花電車なんかも見られてね。夜になるとライトアップされて本当に綺麗だったなあ」

「名古屋に市電が走ってたんですか! 知らなかったです。調べてみると、1898年の開業以来、77年にわたって走ってたんですね。名古屋近郊には、市電が展示されている『レトロ電車館』なるものもある。ということは、昔から賑やかで都会的な雰囲気だったんですかね?」

 

市電が走ってたと言うお店前の道路

「そうだろうね。とは言っても、覚王山も昔とはだいぶ町並みは変わったけどね。商店街も古くからのお店は少なくなって、新店舗が次々とできとるもんで」

「たしかに、覚王山は来るたびに新しいお店がオープンしている気がしますね」

「まあ、変わったことのほうが多いけど、変わらんこともあるよ。たたんじゃったお店も多いけど、古くからの商売仲間とは今でも顔を合わせれば『よっ!』と声をかけ合うし」

 

「今回取材して感じたのですが、老舗どころほど、名古屋の気さくで温かい人柄に触れられたような気がします」

「名古屋弁が出るとキツく感じるかもしれんけどね、中身は親しみやすい人ばかり。老舗を巡ると、下町的な人情味あふれる人たちにもたくさん出会えると思うよ」

 

店主おすすめの古き良き観光スポット

「汲田さんがおすすめする、名古屋の観光スポットが知りたいです」

「この辺りで言えば、東山動植物園かなあ。子どもの頃は自転車に乗ってよく遊びに行っとったね」

「東山動植物園! 私もよく祖母に連れて行ってもらいました。開園100周年となる2036年度に向け、園内の施設も一部リニューアルが進められていますよね。春は桜が綺麗に見れたり、植物園には現存する日本最古の公共温室があったり、おもしろい点が目白押しです」

「あとは、やっぱり名古屋めしを堪能してほしいね。鰻も美味しいけど、僕が昔からよく食べとるのはきしめん。夏になるとうどん屋さんに行って『きしころ』を頼んどった」

「『きしころ』って何ですか……?」

「冷たいきしめんのことだね。昔は近くに『マルエス』という市場があって、そこに入っとるうどん屋さんできしころを食べとったけど、今は大きいビルに変わっちゃったなあ」

「残念……」

「まあ、今でもきしめんを食べられるお店なら、どこもきしころを置いとると思うよ。覚王山なら1913年創業の『玉屋』さんがおすすめかな」

「1913年ということは、創業110年! 名古屋の老舗どころ、まだまだ巡り甲斐がありそうですね……。今度、食べに行きます。汲田さん、ありがとうございました!」

 

おわりに

祖父母との思い出を手繰り寄せるように巡った、名古屋の老舗どころ。

 

十数年ぶりに降り立つ駅もあり、歩きながら懐かしさを噛み締め、名古屋は自分にとって特別な町であることを再確認する機会になりました。

 

お店が忙しいのに快く取材に協力してくださったり、気さくに世間話をしてくださったり、名古屋への思いを打ち明けてくださったり……。何十年も残るお店や施設は、提供される「モノ」の価値やクオリティが高いのはもちろん、それ以上に場を営む「ヒト」のよさが圧倒的なんだと気づきました。

 

「名古屋は老舗こそ、おもしろい」

 

取材を終えた今、心からそう思います!

 

名古屋に来る機会があれば、どうか今回紹介したような老舗にも立ち寄ってみてください。きっと、祖父母の家を訪れたかのような懐かしさと温かさが出迎えてくれるはずです。

 

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