こんにちは! ライターのギャラクシーです。

先月、WEBメディア『ジモコロ』は3周年を迎え、大幅リニューアルを行いました。PC版に関しては、最もわかりやすい変化として、トップページに動画が使われています。

 

トップページの映像(音ありバージョン)

 

あの映像は誰が撮ったの? というお問い合わせをいくつか頂いてるわけですが……

 

この人です。

 

井上卓郎

スポーツ映像、ビデオゲームのプロモーション映像、TVCM等の制作、ディレクションを経て、現在は主に自然映像を中心とした作品を制作Twitter

HAPPY DAYZ PRODUCTIONS(ハッピーデイヅ プロダクションズ)
住所|〒390-1520 長野県松本市安曇1776
公式HP

 

井上さんは山の『映像』を専門的に撮っている映像作家。『写真』じゃないですよ? 『映像』です。

……なんで?

 

井上さんが撮った山の映像、とりあえず見てみてください。

なんだこれー!と思ったでしょ? 永久に見ていられるくらい美しく、そして、楽しい!

 

というわけで今回は、なぜ山の、しかも映像にこだわるのかといった疑問を聞くために、井上さんの自宅兼作業場にお邪魔しました。

 

ちなみに僕はカメラや撮影のことには詳しくないので、カメラマンの小林くんにも同行してもらいましたよ!

 

小林 直博|フリーペーパー「鶴と亀」HP

 

ではさっそく、山を映像で撮り続ける男の実像に迫ってみましょう!

 

ニコニコ動画で見つけた山の映像

長野県松本市の、山に囲まれた小さな集落。ここが、古民家を利用した井上さんの住居兼 作業場。

 

ん?

 

何か、視線を感じる……?

 

2階から猫に監視されてました。5匹くらい飼ってるそう。

 

ちなみに今回の記事、インタビュー中もちょいちょい猫が横切ったりしますが、気にしないでください

 

「今日はよろしくお願いします! ジモコロのサイトに、かっこいいトップ映像を作って頂いてありがとうございます」

「突然のお声がけだったのでびっくりしました」

「井上さんは、ニコニコ動画で『水道管を背負って山々を撮影してきたシリーズ』を投稿してましたよね? 実は僕、その頃からファンだったんです」

「『水道管~』は一番古いのだと2010年だったかな。かなり前から見てくれてるんですね」

 

「当時僕もニコニコでゲーム実況をやっていて、しかも趣味として登山を始めた時期だったんです。で、山の“映像”ってないのかな~と思って探してたら『水道管を背負って……』という、気になるタイトルの動画があって」

「実はタイトルで気になってクリックしたっていう人が多いんですよ。10万再生とか行った動画もありますが、タイトルの勝利だったかもしれません」

「水道管っていうのはつまり、撮影用の機材を水道管で自作したってことなんですよね?」

「ですね。ビデオカメラを滑るように移動させる『スライダー』という機材があるんですけど、当時日本で一般人が手に入れるのは難しかったんです。じゃあ、自作しちゃえ!と」

「なんでそこで『じゃあ作ろう』という発想になるんだ……」

「水道管を背負って山に行くと、工事の人に間違われて『おつかれさまでーす』ってよく言われてました」

「水道管をそんなふうに使うなんて、普通は思いつかないからね。ちなみに今は?」

「今はさすがに、ちゃんとした機材を購入してます。日本でも手に入れやすくなったんで」

 

ビデオカメラの下にあるレールみたいなものが『スライダー』。レールに沿ってカメラがなめらかに移動する

 

近くの渓谷で実際に『スライダー』を使って撮った映像がこちら。動くとやっぱり、めちゃめちゃ「っぽく」なりますね。かっこいい~!

 

ひょっとしてスライダーさえ使えば……僕みたいなオッサンがモデルでもかっこよく見えるんじゃ!?

 

『できるだけカッコ良く!』という注文のもと、撮影してもらいました!

 

 

無理でした

 

なぜ山の“映像”なのか

「そもそものことを聞きますが、なんで山の“映像”なんですか? 山の“写真”を撮る人は結構いますけど、“映像”を専門的に撮ってる人ってほぼ居ないのでは」

「ずっと映像やってたんで、山でも撮ってみるか、という軽い気持ちですね。元々スポーツとかアウトドアとかが好きだったんで」

「ただ、映像ならではの苦労というのもあったんじゃないですか?」

「“ならでは”というと、重さでしょうね。これ、僕が使ってるブラックマジックデザインというメーカーのカメラなんですが、ちょっと持ってみてください」

おっっっも! 何これ! 僕が筋トレで使ってるダンベルより重い!」

 

ちなみにお値段は70万くらいだったとのこと

 

「重いでしょ? さらに三脚とかスライダーとかも加わるから、大体20kgくらいの荷物を持って山に登ることになりますね」

「『北斗の拳』で聖帝十字陵の石を運んでた人の気分になれますね」

「それは何のことかわかりませんが、とにかく軽量化にはすごく気を使ってます。本来 撮影機材って重いほうが安定するんですけど、山では軽さこそ正義ですね」

「写真を撮っている人間からすると、データの容量がすごく気になります。写真でもデータが重くて、外付けのハードディスクが溜まっていくのに、映像はさらに重いわけですよね?」

「確かに、データ容量の悩みも映像ならではかもしれませんね。一泊で撮影にいくと、256GBのSDカードを3枚くらいは消費しますから。ハードディスクは4TBのをバンバン買ってますよ」

 

そこら中、ハードディスクだらけ。たぶん人間丸ごとデータ化しても、5人分くらいは入るのでは

 

「こんなにHDがあれば、奥さんに内緒でエッチな動画を溜めたやつもあるのでは?」

「(台所で料理する奥さんをチラッと見てから)昔はありましたけどね~。今はもうクラウドで……ハハハ……え? これ書かないですよね?

「もちろん書きませんよ」

「映像の苦労というと、カット数を多く撮らないといけないのも大変かな。2分半の動画でも、30~40カットくらい必要です。1カットで使うのは1秒とか4秒とかなんですけどね。しかもカットの度に重い機材を出し入れして……」

「うわ~、めんどくさそう!」

「最近はドローンも使ってるんで、ますます機材が増えました」

「いっそ自宅からドローンを操作して、一歩も外に出ないで撮影したら楽なのでは?」

「それは楽でしょうけど……でも楽しくないんじゃないですか? 自分が楽しくないとおもしろいものはできないと思います」

「そ、そうですよね~! まったくもう、楽することばかり考えるやつなんてクリエイター失格ですよ!」

「おまえだよ」

 

こちらは映像の色調整をやりやすくするためのコンソール。30万円くらい(!)

 

おぉ、空が七色に変化する……! コンソールは絶対に必要なものではなく、単に作業が捗るだけだそう(それに30万てすごくない?)

 

写真と映像の違いって何でしょうか? カメラマンである僕が映像を撮ると、やっぱりちょっと違うな~という感じになるんですけど」

写真は1枚ですべて伝えなければいけない。それが難しさであり、おもしろさでもある。でも映像は何十カットかを組み合わせるのが普通だから、その中にちょっと外したカットがあっても、そんなに目立たない」

「え? 外したカット?」

僕の映像では、山の動画なのになぜこのカットが? と思われるような、ちょっと外したカットもあえて入れています。でも写真やってる人が映像を撮ろうとすると、『すべて決めカット』にしちゃう人が多いんです。全部バチッと目線が合ってるとかね」

「すべて決めカットのほうが良いような気がしますけど……。外れてるカットなんて、入れないほうがスッキリするのでは?」

すべてが意味のある決めカットばかりだと、見てて疲れてしまうこともあるんです。どこか抜いた部分が混ざってるほうが、構えずに見れる。映像は、写真より長時間見るものだから、抜き加減って大切なんですよ」

「なるほど、僕が井上さんの映像を好きな理由は、それなのかも。ただ美しいだけの映像って、遠い世界の他人事に感じてしまうけど、井上さんの映像はどこかユルい部分もあって、身近で楽しいんですよね」

「アート的な映像も嫌いではないですけどね。僕は、見ていて気持ち良いものを撮りたい。本当に自分が山登りしながら見ている景色のような」

 

ゲーム会社で『GTA』を担当!?

「井上さんはずっと長野なんですか?」

「いや、僕はもともと東京出身なんです。学校がスキー部だったんで、長野の山にはスキーで訪れたわけですね。当時は映像を撮ろうなんて考えてなくて、でも、美しい山々に魅了されました」

「馴染みすぎてて、完全に長野の人だと思ってました」

「卒業した後、就職したのも東京でした。設計会社でしばらく働いてたんですが、そのうち会社が傾いてきたので辞めまして……で、長野でスキーばっかりやってました」

「まあ人生、時には休むことも大事ですよ。それはどれくらいの期間だったんですか?」

「う~ん、7年くらいかな」

「長すぎ」

 

「ただ、スキーばっかりやってる頃、海外のスキービデオに触発されて、自分でもスポーツ映像を撮り始めたんですよね。テレマークスキーとかMTB、スノースクートとか」

「おぉ、ムダな7年ではなかったんですね」

「映像を撮るようになると、知り合いのゲーム会社の人間に誘われまして。東京に戻って『カプコン』『スパイク』と就職しました。ゲームのプロモーション映像のディレクションとかね」

「すごい!」

「どっちも超有名なゲーム会社じゃないですか!」

「『カプコン』では海外事業部で『GTA』なんかを担当してました」

※GTA=グランド・セフト・オートシリーズ。全世界で累計2億2000万本以上の売り上げを記録している大ヒットゲーム

 

 

「僕もGTAは何本かやったことがありますが、どれかに井上さんが関わってたかもしれないんですね」

「ゲームの仕事も楽しかったんですが、最終的に、さらに自分の好きな表現を掘り下げようと思って、2009年に本格的に『HAPPY DAYZ PRODUCTIONS』を起ち上げました」

「『HAPPY DAYZ PRODUCTIONS』では、どういった活動をおこなってるんですか?」

「主に自然映像を中心とした映像を制作しています。まあ、これは『水道管 背負って~~』からあまり変わってないですね。機材は良くなりましたけど。あとは自治体、企業のプロモーション映像などを制作しています」

「7年ブラブラしてたとは思えない活動っぷりですね……」

 

クリエイターとして長野で暮らすこと

左は奥さん……いや、ネコのことではなく、ネコの隣の女性が奥さんであり、『HAPPY DAYZ PRODUCTIONS』のメンバーでもある、井上のぞみさんです。

ここからは奥さんにも加わってもらい、映像作家として長野という場所はどう作用するのか?について聞いてみます

 

クリエイティブな活動をする時、長野という場所はネックにならないんですか? 東京のほうが仕事自体は多いような気がします」

「東京のほうが仕事は多いでしょうね。ただ、『長野で』『山の映像をメインに』仕事している、というのは、僕の場合少なからずプラスに働いている気がします」

「ここには他に競合が居ないので、強味になってると思いますね」

「まあ、井上さんはアウトドアとかスポーツが好きということなんで、ここでの生活も刺激的かもしれません。でも奥さんは都会のタワーマンションで華やかに暮らしたいと思わなかったんですか?」

「ないない(笑)。そういうのは全然ないです。こっちのほうが性に合ってますね」

妻は僕よりハードな登山をバリバリやる人なんで、本当にこっちのほうが向いてると思います」

「奥さん、山屋(登山愛好家)だったのか……」

「こっちは家賃がびっくりするくらい安いのもポイントが高いんですよ。さっき『東京のほうが仕事が多いのでは?』っておっしゃってましたけど、そもそもそんなに稼ぐ必要がないかもですね」

「あと、山の撮影が多いんで、当日に“雨なら撮影中止、晴れたら撮りに行く”とか決められるのは大きなメリットですね。東京から撮りに来るとなると、気軽なフットワークでは動けないんで」

 

「ずっと疑問だったんですが撮影する場所ってどうやって決めてるんですか? 山なんて無限に撮影スポットがあるのに『あの山のあの場所を撮ろう』って、よく決められるな~と」

「まあ、長野の山なら勝手知ったるというか」

「そうですね。庭みたいな感じで、大体わかってますね」

「大体わかってるってすごくないですか? 裏庭とかじゃないんですよ? 山ですよ、山」

「妻が登山好きなんで、すごく詳しいんですよね。『どこか良い撮影スポットない?』って聞いたら、大体パッと答えが返ってくる」

「でも、依頼されて他府県の山を撮影するとなると、どうですか? さすがの奥さんも、庭のように案内するというわけにはいきませんよね?」

「その場合は、行ってみて感じたものを撮るしかないですね。クライアントから『このポイントを入れてください』っていう要望はあるけど、そればかりを繋ぐと宣伝っぽくなっておもしろくないですから」

「難しそうだなぁ」

「僕なんか『山の映像を撮れ』って言われたら、頂上からの景色くらいしか思い浮かばないわ」

「頂上からの景色って1カットか2カットくらいしか使わないですね。意外におもしろいのは、歩いてる足元とか。アイレベル(視点)を上にしたり、下にするだけでも良い映像になるものですよ」

映像の場合は、写真と違って『移動させて動きを加えることができる』のが良いですね」

「最近だと、我ながら最高だな!っていう撮影はありました?」

「憶えてるのは北穂高岳かな。しとしと降ってた雨がフッと上がって、複雑なグラデーションの中に山が浮かび上がった瞬間……この仕事やってて良かったなぁと思いましたね」

 

ちなみに、さっき色調整をおこなっていた映像が北穂高岳です

 

「都会でゴミゴミしたグレーの風景しか見てない僕としては、非常に羨ましいです。今日はおもしろい話を聞けて楽しかったな~。この調子でいつまでも山の映像を撮り続けてください」

「50代になっても、重い荷物担いで山に登れる?」

「50代になったらさすがに体力的な面で厳しいので……猫の動画を撮って暮らそうかな

「それも見てみたい」

 

話が楽しすぎて2時間以上も喋ってしまったため、ネコは眠そうでした

 

まとめ

というわけで今回は、ジモコロのトップ映像を撮ってくれた「山の映像作家」井上さんにお話を聞いてきました。

 

自分がしっくりくる場所で、自分のやり方で、好きなものを撮る。

結果的にその方法が競合を無くし、クリエイターとして成功しているという図式は、興味深いですよね。

あと、どんなに優れた映像作家が撮っても、モデルが冴えないオッサンだと絵にならないという事実も興味深かったです。

 

 

以上です。

 

 

 

●取材協力|井上 卓郎

HAPPY DAYZ PRODUCTIONS(ハッピーデイヅ プロダクションズ)

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