オーディオブックができるまで

「今回、柳さんがナレーションを担当してくださっているんですよね。ほんとありがとうございます」

「いえ、こちらこそありがとうございます」

「自著が付箋だらけで、書き込みもいっぱいで、なんかめちゃめちゃ感動しました」

 

「いやあ〜、めっちゃ恥ずかしいです」

「あれって、どこで区切るとかをチェックしてるんですよね。ルビ(よみがな)もしっかり打ってあって。あ、これ、柳さんの名誉のために言っとくと、やたらルビ打つって、これ別に柳さんバカなわけじゃないんですよ。ね?」

「あはは。そうですね」

「僕もやってみたからわかるんですけど、集中して読んでたら、ルビ打っとかないと、ほんとわからなくなる」

「それこそ『人』っていう漢字が読めなくなることもあります。とっさに出てこないんです」

「そう! だからバカじゃないんですよ。別に『蔵元(くらもと)』とかが読めないわけじゃない」

「でも今回の本に関しては、そもそもルビが多くふってあるのと、あと個人名にも振りがな打ってあったので、非常にありがたかったです」

「たしかに。個人名って著名人じゃないと調べようがないですもんね。ちなみに柳さんはオーディオブックのナレーションどれくらいやられてるんですか?」

「2〜3年になると思うんですけど、一ヶ月に最低1冊はやってると思いますので……通算で50冊前後でしょうか」

 

「すごい。オーディオブック以外のお仕事も?」

「企業イベントで新商品の説明をしたりとか、インターネット動画のナレーションだったりとか。あと、春に多いのは企業研修ですね。講師役として説明したり。映像のなかでキャラクターが動いて、それに声をあてるような感じで」

「じゃあ基本は生の司会とかじゃなくナレーション専門なんですね」

「はい。声質とか性格から、そういうものが振られやすい傾向です」

 

「ぶっちゃけ、収録スタジオにずっといると監禁されてるみたいじゃないですか。辛くなったりしません?」

「あ、もう慣れですね。ただ、初めて入ったときは、入った瞬間から心臓の鼓動が変わって

「マジですか?」

「本当に変わるんですよ。僕の師匠にあたる方が、当時小学5年生くらいの娘さんを一人でブースに入れてみたら泣き出したそうです。気持ちすごいわかるんですよ。大の大人が入って鼓動が突然早くなるから、そりゃそうだよ!って」

「へええ〜!」

「アニメみたいに、何人も入るようなブースだとまた違うんですけど。一人用だと」

「ディレクターの内田さんはどうですか?」

「僕は逆に、スタジオのほうがのびのびとできます」

 

「あははは。内田さんはオーディオブックを何冊くらい手がけてるんですか?」

300冊は越えてますね

「うわあ〜」

「5年くらいやっているので。でも最初は、オーディオブックへの音楽の提供で入らせてもらったんです」

「章ごとに入ってくるジングル的なものですか?」

「そうですね。あと文芸作品だと音楽を入れたりもするので、そういう音楽の制作とか。それが徐々に収録自体をお願いしていただくようになったという」

「あの、さっきも話してたんですけど、僕も自分でオーディオブックを作ってみたんです」

「あ、拝見しました。日本語なら誰でもいけると思うんですけど、それが大変なんですよね。きちんとやると」

「ほんとに。僕も秋田でラジオ番組やったりとか、講演やトークイベントも多かったりするんで、そこそこやれる気がしてたんですよ。でも思い上がりでしたね。こんなにもダメかと」

「僕も聴かせてもらいましたけど、聴きやすかったですよ。スピードもがんばってて」

「それ! それなんですよね。僕、気をつけないと、そもそもが早口なんですよね」

「みなさん、だいたいそうです。読むと、だいたいみんな速くなる」

「ゆっくりしゃべることの難しさ!」

「自分で読むんならそれでいいんですけど。他人に伝えることを考えると、スピードが速いと何言ってるかわからないんですよね」

「ほんとに。それで、わかったことが一つあって」

「はい」

「とにかくゆっくり喋らなきゃって意識しながらやってたら、せっかく自分で読んでるのに、もはやこれは僕じゃねぇーーー!ってなった」

「あー、なるほど…」

「だから僕自身が、本来の自分じゃないってことに違和感を感じたまま、それを7時間続けるって、もう地獄ですよ。で、そんなこと1時間たたないうちに気づくじゃないですか。その時点でもう、不毛だ不毛だって思ってるんですけど、協力してくれてる友達を前に、最後までやらなきゃいけない。だからほんと最初からまっすぐオトバンクさんに相談すればよかった」

「(笑)」

 

「そもそも自分のスタンスとして、あまり本読まない人も読んでほしいっていうのがあるんですね。なので、できるだけ口語体で、話すように書くことを心がけていてるんです」

「だから読むのもやりやすいだろうと。でも、声に出すとやっぱり違うんですよね」

「違った! 見事に違った。ほんとに文章まるごと変えてやろうかと思ったもん」

「僕らの仕事は、きれいに読むっていうのはもちろんあるんですけど、いかに話し言葉に近づけるか。日常にどれだけ近づけていくかっていうところでもあって」

「とはいえ、著者じゃないから文章は変えるわけにいかないってことですよね」

「そうそう。そうなんです」

「やっぱり録る前に一度読むんですか」 

「そうですね。この本で何を伝えるのかっていうのを把握するためにも読むんですけど、言ってみれば本番で読むために読む感じなので、こういう書き込みは、収録当日、初見に近くなってしまっても読めるための設計図なんです」

 

「例えば、ひらがなが続いてたりすると、どこが単語の区切りか一瞬でわからなくなるので、そういうところに書き込んだり。声に出して読むかは別として、黙読はしつつ、文法分析というか、それに近いことをやります」

「例えば僕が自分で読んだやつは、明らかに1章と7章のテンションが違うんですね。どんどん疲れていくから」

「慣れてない方だとプロでもありますね。波形が少しずつ小さくなっていくんです。編集のときに後から調整したり。ひどいときは録り直すこともあります」

「実は自分でやってみたときに、どんどん疲れて、自分で書いてる文章なのに読み間違ってたことに後日気づいたんです。それでさすがに録り直したんですけど、前回の収録時のテンションがわからないんですよ。なので付き合ってくれた友達が前回の音源を聴いて指示してくれたんですね。だからディレクターさんの存在がめちゃめちゃ大事なこともわかります」

「そうですね。1日目にどんなテンションで読んでたのかとかはもちろん、この本自体が何を伝えたいかで、全体的に優しく読みましょうとか方針を最初に決めるので、1週間後にまた続きを録るってなったときに、それを指摘してあげないと、商品として成り立たない」

 

プロと素人のあきらかな違い

「あの〜、ちょっとお願いなんですけど、いまあらためてここで僕が読むのを録ってもらえないですか? 柳さんのように著者の代弁者になる気持ちでチャレンジしたい。著者だけど」

「ぜひぜひ、やってみましょう」

「やった! お願いします!」

 

「丁寧にやろうという意思のほうが聞こえちゃうので、目の前に人がいて、その人に教える感じでやると良くなると思います」

「わかりました」

 

「うん、よくなりましたね。ちょっと聴いてみましょうか?」

 

とにかく伊藤さんや内田さんの指示の的確さが素晴らしくて、明らかに変化する自分の朗読に、なんだか完全に調子のっちゃった僕。

ここでさらにプロの語りを聴いてみたい!と、同じ箇所を柳さんに読んでもらうことに。

 

偉そうにディレクター席に座らせてもらって聞く。するともう、思わずにやけるくらい、差が歴然!

 

ただただ感心するしかない。

 

ってことで、いきった素人(藤本)とガチのプロ(柳さん)の音声をちょっと聴き比べてみてください。

 

・藤本の音声

 

・柳さんの音声

 

柳さん、最高すぎる!

照れる柳さん、可愛すぎる

 

と、ここでそろそろ柳さんと内田さんには、肝心の収録に戻っていただいて、伊藤さんと佐伯さんにさらにお話を伺うことにします。

 

あたらしい声の仕事としてのオーディオブックナレーション

 「ちなみに今回のキャスティングは伊藤さんが?」 

「そうですね。そもそも柳くんは声が落ち着いているのでナレーションに使いやすいなと思っています。性格的にも真面目な方なので」

 「確かに柳さん、どう考えても真面目そうだった」

 

「オーディオブックに向いていると思います」

 「いやあ、でもほんと柳さんって、素晴らしい才能ですね」

「彼は一般的な知名度が、すごくあるわけではない。ただ、本当に上手いんですよ。それにちゃんと丁寧に取り組んでくれるので」

「真摯ですよね」

「知名度だけでなくて、オーディオブックというコンテンツに合う方を起用したい気持ちがありますね」

「声優さんの仕事のなかでも、オーディオブックはまだまだ異色かもしれません」

「ナレーターにしろ声優にしろアプローチがちょっと違うんです。よく言うのは、長く聴かせることをまず考えてください、と」

 「あ〜なるほど」

「テレビナレーションだったら派手にしないといけないんです。最初の3行を残さないといけないから。でも、我々は最初の3行を残したってしょうがないんですよ

「行列ができるラーメンとか、人気の駅弁とか、食べた瞬間にウマっ!ってなる。つまり味が濃いじゃないですか。でも、それじゃダメなんですよね、オーディオブックって。いわば毎日食べるものなんだぞっていう」

「そうなんです。1分2分とかじゃないので、ずっと心地よく聴いてられるのが大事なんです。6時間ずっと聴いてられるように、そのなかで強弱をつけないと」

「柳さんに対して失礼なことを言ってたら申し訳ないんですけど、僕はああいう才能を一人、オーディオブックが救ったくらいのことだと思うんですよ」

 

「声で仕事していきたいっていう人は世の中にごまんといて。みんながみんなテレビナレーションや声優に向いているかっていうと、そうじゃないはずで。こういう世界もかっこいい、ってもっと知れれば、若い人が目指す仕事になりますよね」

「かっこいい仕事って思ってもらえたらすごくうれしいです」

「ありがたいね。地味なお仕事って思われるからね」

「プロの仕事じゃないですか。プロだし職人さんだし、そこはめちゃめちゃかっこいいですね」

「たぶん向き不向きがありますよね」

「やっぱり90秒がすごく上手い人っていうのもいるんですよね」

「オーディオブックで柳さんの名前で検索したら柳さんのナレーションのものが出てくるじゃないですか。それで柳さんが読んでいるものを辿ってたら、だんだん、柳さんっていう人が気になってきたり。だからと言って、人気が出る人じゃなさそうなのが、いいんですよね」

「アイドル的なことではなく」

「そう。職人的な。最早、こけしの工人みたいな感じ」

「あはは」

「オトバンクっていう会社自体がそういう素質を持っているかもしれません。派手ではなく、職人的にコツコツ秘伝のタレを溜め込んできて、いまがあるという感じです」

「そう思えば、この地下のスタジオが合ってる気がしてきた」

 「(笑)」

「最近、佐伯さん、よくイベントやってるそうですね」

「オーディオブックってアプリとウェブサービスなので、ユーザーの方と直接触れ合える機会がなかなかなくて」

「よりおもしろいものができるためにも、いろんな人に会いたいなと」

「伊藤などの制作陣も、ずっと現場で作ってるんですけど、イベントをすると『あの作品の監督なんですか?』みたいな感じで伊藤に会えたことをすごく感動してくれる方がいたりとか。それは場がないと体感できないことかなと思うので」

「ちょっとまたイベントやりませんか? オーディオブックの新しさをもっと伝えたいし、考えたい。で、ナレーションの違いとか生で聴き較べてもらったりしたい!」

「いいですね。ぜひやりましょー!」

 

おわりに

ということで、取材時に収録していたオーディオブック版『魔法をかける編集』がリリースされましたー!!!

 

し・か・も!

ジモコロ記事公開を記念して、オーディオブック版『魔法をかける編集』が公開から二週間の期間限定で半額!!!

うぉーーーー!!!

 

マ・ジ・で、柳さん神なので、ぜひこれを機に【耳で読む】新しい読書体験してみてください!

 

>オーディオブック版『魔法をかける編集』はこちら<

 

撮影:鍵岡龍門