ここ10数年で「発酵」が一気に認知された

「婿入りは『家を残すためのよくできたシステム』って話もありましたけど、実際、いまの日本酒業界で後継者不足問題ってどうなんでしょう?」

「少し前は、後継者難を理由に、酒蔵が潰れるニュースもよく耳にしました。そのあと、他の大手メーカーが会社をブランドごと買い取るM&Aも増えたので、潰れる数自体は減ってるのかな。とはいえすごく右肩上がりとかでもないので、婿入りもしないと維持が難しい面はあるんじゃないかと思います」

「業界に入ってくる若い人は増えてます?」

「肌感覚としては、増えてますね。うちにも新人さんが3人ほど入ったんですけど、『うち来ていいの?』みたいな高学歴の人もいて」

「へえー! ここ数年で、雑誌やテレビで発酵が特集されたり、業界としてすごく盛り上がってる印象があります」

「発酵デザイナーの小倉ヒラクくんの力も大きかったと思いますよ。渋谷ヒカリエでの発酵の展覧会をやったり広告塔的な動きをしてくれて、さらに大手化粧品メーカーさんのCMで『発酵』って言葉が使われたり。10数年前くらいまでは、『発酵』と言っても相手がピンとこないことも本当に多かったので、ずいぶん認知度が上がったなと」

 

2019年に東京・渋谷ヒカリエで開催された展覧会「Fermentation Tourism Nippon」。小倉ヒラクさんが47都道府県をめぐって集めた発酵食品が展示され、多くの人たちが訪れた。ジモコロ編集長・徳谷柿次郎と小倉さんの対談記事はこちら→(https://www.e-aidem.com/ch/jimocoro/entry/kakijiro32

 

「あとは震災も大きなきっかけだった気がしてます。あのショックで皆が自分の暮らしを見つめ直したときに、身の回りで食べ物をつくる、生産する『発酵』って手段があったと気づく人が多かったんじゃないかなあ」

「ぬか漬けをしたり、味噌をつくったり。僕もやってますけど、シンプルに楽しいんですよね。『やってみたら意外と簡単で、こんなにおいしくできるんだ!』と」

 

「このコロナの騒動で免疫力が大事、みたいな話もありますけど、身近に『発酵』する環境があることは、生活を豊かにするし、結果として自分を健康に保つ手段だと思ってます」

「『自然』を改めて意識し直す、ってことかもしれませんね。そういう意味では『自然酒』が読んで字のごとくですけど、前はあんまり聞かない名前だったように思うんです」

自然酒のパイオニアは福島の『仁井田(にいだ)本家』さんで、50年くらいやってらっしゃるのかなあ。うちは先代がはじめて20年以上になりますけど、最初は全然売れなかったんですよ。自分が入った頃も、1年間に500本くらいつくるけど、在庫はあんまり動かない、みたいな」

「そうだったんですね! いまの人気を思うと意外です」

「その後、健康雑誌に出て話題になって、そこからですね。いまでは年間2万4000本くらいつくっていて、人気順では五人娘、香取、むすひなのかな」

 

寺田本家のつくるお酒たち

 

「コロナでの中止もありましたけど、毎年開催されている『お蔵フェスタ』は大人気で、全国からお客さんが集まってますよね。いい日本酒を置いてるお店には、必ずあるってイメージですし。自然酒じたいの人気も高まってるのかなと」

「そうだと思います。お酒をつくってくると、だんだん自然発酵を試したくなると思うんですよね。特に若いつくり手さんは。ナチュラルワインが増えているのも、同じような理由なんじゃないかな」

「ちなみに自然酒の定義ってあるんですか?」

「それが、ないんです。うちで大事にしているのは、無農薬栽培されたお米を使うことと、醸造中にいっさい添加物を使わないこと。米と水だけを使い、かつ、純粋培養された菌を使わないこと」

「純粋培養された菌?」

 

「『協会酵母』という酵母を使えば、安定して狙った酒質につくれるんです。でも、うちの場合は蔵に自然の菌がいるんだから、それを使おうというやり方。昔はみんなそうでしたし。そのぶん、味も毎年変わります

「そこも自然というか。寺田本家さんのお酒を飲むと、ほかにはない酸味のような味がグワッときて、体にいい感じがすごい。あと、むすひは変態的というか(笑)。カウンター的な日本酒だと思うんですけど、それがちゃんと売れているのは面白いなと思います」

 

本当にこう、口に含むとすごい情報量が押し寄せてくるんです。体も脳も喜ぶみたいな味!

 

「ああ、嬉しいです。酸味って昔の日本人には嫌われてたんですけど、最近は変わってきている気がしますね。日本酒に限らず、コーヒーやワインも酸味のある種類が人気になっていて。昔はお酒も『淡麗辛口』一辺倒だったんです」

「淡麗辛口というと、キレがある味ってことですよね」

「そうそう。よく言われるのが、昔は肉体労働の人が多かったから重たいお酒が人気だったけど、デスクワークの人が増えて、スッキリとキレのあるお酒がトレンドになった。そのあとまた、酸味としっかりコクのあるお酒がきてる、とか……」

「ここ20〜30年で多様性が広がったってことなんですかねえ。日本人の味の好みの変化、おもしろいな」

 

発酵と子育てで「待つ」は通じる

「優さんは未経験から酒づくりをはじめて、面白いと思ったポイントはどこだったんでしょう?」

「米を蒸して水の中に入れておくと、酒になるって言うのがまず衝撃でした。それまでの自分の常識だと、腐っちゃうんですよ。なのに蔵の中ではプクプク発酵しはじめる。『腐る』と『発酵』の違いは、いまでもどこかわからないようなところがあって

「発酵の働きは、全部科学的にデータ化されてるわけじゃない……みたいに聞いたことがあります」

「科学の世界では『再現性』といって、何度やっても同じ結果になるって条件があります。でも、発酵は必ずしもそうじゃない。毎年同じ温度で、同じ手順でお酒をつくっても味が変わるんです。自然酒は特にそうで、ほかの酒蔵さんに言うと『よくそんな怖いことやってるね』と」

「でも毎年お酒はできてるわけですもんね。ちゃんと商品になって」

 

「それはね、しくじったことはないんです。ちゃんと……あ、ごめんなさい。あります」

「(笑)」

「昔、2回くらい。でもここ10年くらいは、ちゃんと毎年美味しく発酵してくれてます。自然酒って『人間は何もしない』みたいなイメージを持たれるかもしれないですけど、意外と手は入れるんです。教科書みたいな手順はあるんですけど、そこに囚われすぎないというか」

「囚われすぎない?」

「たとえば『酒母(しゅぼ)』というお酒のスターターを作る時、温度は何度からはじめて、1日2℃ずつゆっくり上げて、乳酸発酵からアルコール発酵に……みたいなロードマップはある。でも、頭の中の道順と絶対一緒にならないんです。なんですけど、最終的にちゃんとお酒になればいいから、途中のブレはしょうがない」

「へえー! 途中のブレはしょうがない、かあ。なんだか、優さんへの先代の接し方みたいですね。『どちらでもいい』と、あるがままを受け入れるというか」

「なるほど。そう言われると、子育てにも似てるかもしれません。自然発酵では、多少変なところにいったとしても、ゆっくり待つ。そうすると、最後はお酒になる。子育ても同じで、うちの中学生の子どもふたりも、あんまり口を出さなくてもちゃんと育つのかもなあと」

「酒づくりと子育ては似ている…! 思春期とか色々あっても、心配になっていじくりまわさないってことですね」

「まあ、わかんないですからね。子育てって(笑)。うちは両方女の子なので、異性ゆえにわからない部分もありますし」

 

「仮に娘さんが大きくなって、『無菌!』みたいな彼氏を連れてきたらどうします? 発酵とかよくわからないっす、みたいな」

「ああ〜。でも、意外で面白いですね。そうきたか、となるのかも」

「懐が広い! 寺田本家に来た酒づくり初心者の優さんと一緒で、まっさらだから何にでも染まれる、って考え方もあるのかもなあ。なんか、現代って答えをすぐ求めちゃいがちじゃないですか。不安も多いし。でも『待つ』って大事なのかもなあ、とすごく思いました」

「よくわからなくても、それもええやんみたいな感じでね。受け止めて面白がるってやり方もあるんじゃないですか?

「婿入りの話が『待つことの大事さ』に繋がった…! 今日は楽しかったです。ありがとうございました!」

 

まとめ

「新しいもの」はたしかに素晴らしくて、私たちはすぐ「次のなにか」を探してしまいます。ただ、古いもののなかに、守り継いでいく価値のあるものも多いはず。その方法のひとつが「婿入り」だと思うんです。

 

「地方で働きたい」「リアルな手触り感のある働き方をしたい」「伝統を受け継ぎたい」……そんな風に考えている方に、優さんの生き方が何かのヒントになれば嬉しいかぎりです。

 

そして寺田本家のお酒はWebでも購入できますので、気になる方はチェックを! こんなに『面白がりがい』のある日本酒は、なかなかありませんよ。

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