災害と林業の知られざる関係

ドイツ式の近代林業で作られた北海道の山。樹齢の同じまっすぐな針葉樹が整然と並ぶ(写真:藤原慶)

 

「私は江戸時代式の林業を改めて見直すことで、災害に強い森林モデルをつくることができると考えています」

「災害と林業が関係するんですか?」

「こちらの写真をご覧ください」

 

「左が人工的に育てられた苗。近代林業で植林に用いられるものです。一方、右が天然の『実生苗(みしょうなえ)』。江戸時代の森づくりで使われていたものですね」

「根っこの形が全然違いますね」

「ええ、実生苗のほうは長い根っこが見えますよね。これは『直根(ちょくこん)』と呼ばれます。この直根を、人工苗では育てる途中に切るんです。すると細根がたくさん出てきます」

「だから人工苗のほうが根がモサモサっとしてるんですね」

細根は栄養の吸収が早いので、木が早く育ちます。だから戦後は、直根を切り、細根を生やした苗が植えられました。産業として考えると早く育つのはいいことですが……根が短いと、あるデメリットも生まれませんか?」

「うーんと…?」

「地表の木の大きさに対して、根っこが短い。人間でいうと、足腰が貧弱な状態なわけです」

「あ!わかりました。土砂崩れなんかが起きやすくなる?」

「その通り。日本の山は急斜面が多いです。そこに足腰の弱い木がたくさん植わっている状態で、大雨が降ったり地震が起きたりすると……一気に崩壊する確率が上がるという説があります」

 

「た、大変だ……確かに最近、災害のたびに土砂崩れが起きているような」

「ただし、江戸時代の林業が一番いいってことでもないんですよ。生産性は圧倒的に現代林業のほうが上なので、今の時代には合っているんです

「江戸時代式は、商業的ではないと」

「天然木はゆっくり育ちますから、成長してお金になるまでに200〜300年かかるわけです。だから、だんごさんが植えた木は、5〜6代あとの人がやっと切れるんです」

 

「ひい〜〜〜〜気が遠くなっちゃいますね。明日からそのやり方で林業やれって言われても無理だ……5代すら続かず家が途絶えちゃいそう」

「江戸時代は、木を数本売れば、一家が一年暮らせたと言います。それも、先祖代々受け継がれた木があったからですね」

「その日本人の財産みたいだった山が、明治時代でガラっと変わっちゃったんですねえ」

 

チェーンソーなどの機械がなかった時代は、抱えきれないほどの大木でも人の手で切り倒していた

 

時代に翻弄された山守が再び、『山』へと向き合うわけ

「あれ、そういえば山守は藩からの仕事だったわけですよね。明治維新で廃藩置県が起きて、藩がなくなったあとはどうなったんですか?」

「ああ、当然、山守の仕事も無くなりました」

「えー!失業しちゃったんですね!!!」

「それから内木家に波乱の時代が続きます。当時さかんだった『養蚕』事業を始めるんですが、うまくいかない。そこでピンチに陥った時に……山が救ってくれました」

 

「当時は鉄道がどんどん新しく作られていた時代。線路の『枕木』用の木材の需要が伸びていたんですね。内木家では江戸時代に植えた栗の木が山に残っていたので、枕木用に売って家計を立て直したそうです」

「山の恩返しですね……よかった」

「だから明治以降は基本的に、内木家の人間は普通の仕事をしています。私も地元の公務員をしていました」

「でも内木さん、とても山と山守のことに詳しいですよね。それはなぜ?」

「それは、家の蔵に眠っていた3万点の『山守文書』を見つけたのがきっかけですね」

 

江戸時代の言葉で書かれた山守日記。地元の郷土史家や徳川林政史研究所などの研究機関と組んで、解読作業が進められている

 

「これね、面白いんですよ。日々の山の変化から、村での出来事まで細かく綴られている。例えば、当時流行していたお伊勢参りに家中の女性が出かけてしまい、残された男たちが困り果てる。あるいは善六とお岩が夫婦喧嘩した……なんて事件まで書いてあります」

「へええ〜〜、江戸時代の話ですけど、なんかサザエさんのエピソードみたいですね」

「そうそう、当時の庶民の暮らしがわかる貴重な資料なんです。もちろん、山の話も貴重ですよ。そこから興味を持って調べていくうちに、江戸時代の林業の素晴らしさを知って、広める活動を始めたんです」

 

高齢化時代の山には、江戸時代式の森づくりが合っている

「災害のリスクを減らす以外に、江戸時代式の林業のメリットってあるんでしょうか?」

「近代林業と江戸時代式の林業では、育つ木の質も変わってくるんですよ」

 

「どちらもヒノキの板ですが、左が江戸時代式の森で育った天然木、右が戦後に植えられた人工林のヒノキです」

「木目が全然違いますね! 人工林のヒノキのほうが木目の間が広い」

「人工林のほうが育つスピードが早いので。品質は、圧倒的に天然ヒノキのほうが上なわけです」

「人工と天然だと、使い道も違うんですか?」

「一般住宅を立てるには人工ヒノキで十分ですよ。その需要はたくさんあります。一方で、神社仏閣のような天然木で作られている文化財の修繕には、天然材しか使えません。ですが、今の日本では天然材が急速に減っています。昔から残っていた天然木をどんどん使っている状況ですから」

「天然木がある森は残ってないんでしょうか?」

ちゃんと管理されて残っているヒノキの天然林は、国有林内にある木曽ヒノキ備林など、わずかになっています。やっぱり山は長期的な管理が必要なので、持ち主に維持するお金の余裕がないと難しいですね」

「現代社会では数百年単位で森を守るなんて、企業どころか政府でも厳しそうです。他にもいろんな社会問題があるのに……」

「そうですねえ。日本では高齢化と人口減少が進んでいます。特に山村なんてお年寄りばかりのところが多いですよね。すると山の管理をするのもひと苦労ですが、そんな山にこそ江戸時代式の森づくりがおすすめなんです」

「えーっと、江戸時代式の方が人手がかからないから?」

 

「その通り。自然の力をうまく使いながら、山を上手に管理していく。たくさんはとれないけれど、いい木も育つ。さらに、災害にも強い山ができる、と」

「いいことずくめですね。ガラッと全部を江戸時代式に戻すことは難しそうですが、ちょっとずつでも取り入れる意味はありそうです」

「私も、日本の全部の山を江戸時代式に戻せ、とはとても言いませんよ。ただ、森林は日本の国土の60〜70%を占めている。だからやっぱり、山を無視してはやっていけないはず。昔の林業のやり方も、もう少し見直されるといいなと思いますね」

 

おわりに

いい木が育つのに数百年単位の時間がかかるように、日本の山と林業もすぐに変わるようなことは難しいはず。

しかし、例えば江戸時代式の林業を広める内木さんのように、できるところから少しずつ活動を始めている人たちがいます。

 

取材のおわりに、内木さんは次のように話していました。

「木材の使い道が建築材だけになりすぎた。もっと身近な木の使い方が広まれば、日本の林業も良くなるんじゃないでしょうか」

 

内木さんと同じ中津川市にも、地元の木材を「あるもの」に加工し、新しい木の使い方を提案している会社があります。

 

この丸い木のパーツは一体…? 気になった方は、ぜひ以下の記事をご覧ください。木材の「身近な使い方」の例を紹介しています! 

 

 

写真:小林直博