こんにちは、ライターの淺野(あさの)です。いま僕は東京の新宿に来ています。

世界一の平均乗降客数を誇る新宿駅や、世界的スポーツイベントの舞台にもなった新国立競技場を抱え、三大副都心のひとつとも呼ばれる新宿区。

 

かつて日本一高いビルだった東京都庁を筆頭に、高層建築が並ぶ様子はまさに「コンクリートジャングル」とでも呼ぶべきでしょうか。

 

都会ゆえに本物の木々が足りない気もしますが、建物について言えば新宿に限った話でもないようで。林野庁の調査によれば、新設される共同住宅の木造率は、平成30年時点で18%(※)程度となっているそうです。

※参照:https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/r1hakusyo_h/all/chap3_2_2.html

 

コロナの影響などで木材価格が世界的に高騰している「ウッドショック」なんて言葉も聞くし、普通に暮らす中で「木」を目にする機会は減っているのかもしれません。

 

そもそも、むきだしの木材なんて街中であまり見かけないよなぁ、なんてことを思いながら新宿を歩いていたら……

 

おや???

 

立派なビルの1階に、たくさんの木材が並ぶ光景と遭遇!

 

よく見ると、「株式会社 遠藤材木店」の看板が。新宿駅から徒歩10分の場所に、こんな規模の材木店があるなんて思ってもみませんでした。

 

調べてみると、こちらの遠藤材木店さんは創業から140年以上の歴史を持つ超老舗。明治11年から新宿の地で代々、材木店を営んでいるようです。

 

ホームページに掲載された昔の写真(提供:遠藤材木店)

 

都会の中心部で140年続いているだけでも驚きなのに、遠藤材木店では新しいことにも積極的に取り組んでおり……

 

・マンションリフォームが仕事の定番。風呂やトイレまで納品する

・レーザーカッターなどの最新のデジタル加工機を導入

・別店舗の1階を「木工が楽しめるカフェ」としてオープン

・オフィスの一部をレンタルスペースとして貸し出している

などなど、デジタル加工機の導入やカフェ経営、はたまた場所貸しなど、今時のテクノロジーやニーズを抑えた事業にもチャレンジしているそうなんです。

 

こうした積極的な取り組みが、新宿という変化の激しい土地で、140年以上も続いてきた秘訣なのかも? 7代目社長の遠藤通郎(えんどう・みちろう)さんに、変わりゆく業界の事情と会社の歴史について伺いました。

 

※取材は新型コロナウイルス感染症対策に配慮したうえで行ない、撮影の際だけマスクを外しています

材木屋の仕事は、「材木を売る」だけじゃない

2年ほど前に新設された作業部屋兼ショールーム、通称「レーザー部屋」に案内されました

 

「本日はよろしくお願いします!」

「何あんたたち、ジモコロっていうの? 俺なんか取材しても記事にならないと思うけどね、変態だから」

「(変態……?)いやいやいや! 僕は東京に暮らしているんですけど、あまり街の中で大きな材木店さんを見かけることがなくて。遠藤材木店さんは140年も続いているということで、是非その歴史を聞きたいと思ったんです」

 

「東京にも材木屋は結構あるけどね。ナントカ材木店ってビルに書いてあって、その後ろにちょろっとだけ木が置いてあるようなところ、見かけない?」

「言われてみれば、細いビルの1階に材木が置かれている光景はたまに目にするような……」

「まぁ、材木店といっても、ああいうところはほとんどビル管理が仕事だよ。材木屋は材木を置くための土地を持っているから、それを売ってビル管理でもすれば悠々自適な生活ができるわけ。だから、俺みたいに材木をたくさん並べている方がおかしいんだよ」

「あぁ、だから変態とおっしゃったんですね。たしかに、新宿でこんな土地を売れば、かなりのお金になりそう。もしいい話が来たら、僕だったら飛びついちゃうかもしれません」

「でも、俺は仕事が嫌じゃないんだよな。つまらなくないし、どうやって辞めるかもわからないし(笑)。土地を売っぱらって田舎で豪邸に住んだって暇だし、ずーっと自然のままにやってるだけだよね」

 

「自然のままにやっているだけ。とはいえ最近は木造住宅が減っているので、材木を販売するビジネスはなかなか厳しいのでは?」

「材木店の数はすごい減ってるよ。だから俺らは親父の代から、材木だけじゃなくて、ユニットバスとかキッチンとかも合わせて納品するようになった。木造の新築なんてほとんどないから、マンションリフォームの仕事が多いんだよね」

「なるほど。材木店とはいっても、部屋を丸ごと作るようなお仕事をされているわけですね」

 

「普段いろんな依頼があると思うんですが、新宿という土地ならではのものって何かありますか?」

新宿は大繁華街だから、飲食店の需要が多いね。飲食は続けるのが難しくて、10年もつのは10軒に1軒って言われているでしょ? そうやって新しい店が開いたりリニューアルしたりするタイミングで、テーブル用に一枚板を10枚とか買っていくわけ」

「なるほど! 確かにお店のテーブルや内装には、いい木材が使われている印象があります。人や飲食店が多い新宿ゆえのニーズがあるんですね」

「都内にうちほど在庫がある材木店はほとんどないから、直接見にくるお客が多いんだよ」

「店の顔にもなるから、自分の目で確かめたいですもんね」

「他の材木屋から仕入れていても、少しだけ数が足りなくなると、わざわざ頼むのも手間だから、ネットでいろいろ調べてうちを見つけるわけ。それで実際に来てみたら量に驚いて『もっと早く知っていればよかった』とか言って、しばらくしてまた来るんだよ(笑)」

「一度見ただけでリピーターになるほどの品揃えなんだなあ。 せっかくなので、実際に見てみたいです」

「おう、いいよ!」

 

材木の価格は水物? 生活スタイルと紐づく需要の変化

案内してもらった先には、空間を埋め尽くさんばかりの材木がズラリ! 都内でこれほどの品揃えを見たのは初めてかもしれません。

 

「すごい量と大きさ! 自分の家やお店で使う材木を、こうやって選べたら楽しいだろうなぁ。こんなにたくさんの材木はどうやって調達するんですか?」

「競りで買ってくるんだよ。日によって仕入れ値にも差があるし、品質にもばらつきがある。材木は腐らず何十年と長持ちするのが違うってだけで、魚や野菜を買うのとそんなに変わらないよね」

 

「俺が全部の一枚板に値段をつけて貼ってるんだけど、これも材木屋としては珍しいんじゃないかな」

「そうなんですか? 商品に値札がついているのは普通のことだと思っていました」

「材木なんていつ売れるか分からないから、業界の中には相手の顔を見て『こいつ金持ちそうだな』って思ったら値段をふっかけるような奴もいるんだよ」

「おぉ、商売上手というか何というか……! 材木の価格についていえば、国産のスギやヒノキの価格は下がり続けていると聞いたことがあります」

「ウッドショックで一時的に上がったらしいけど、材木の価格はバブルの時がピークで、基本的にはそこからずっと下がり続けているみたいね。何十年もかけて何人もの人が育てて、製材して、運んでって流れを考えたら、もうちょっと高くなってもいいだろってみんな思ってるんじゃない?」

 

「節(ふし)がない綺麗な木材は値段も高くて、料亭やお寺や神社でよく使われていたけど、今はそもそも和室が減ってきてるでしょ。床の間がないから柱とか天井とかの需要もなくなっちゃって、美人な木も切られずに残ってるわけ」

「今僕が住んでいる家にも和室はないですね。日本の住環境の変化が大きいんだなあ」

「文化が欧米化してるから、材木屋が減るのも、畳屋とか着物屋が減るのも当たり前だよね。でも需要は完全にゼロにはならないから、そこで続けるなら悪い商売じゃないとは思う。俺がラーメン屋の息子だったら隣にライバル店ができて困るかもしれないけど、隣に材木屋ができることはまずないからね(笑)

 

大小様々な木材。価格は一番高いもので30万円くらいだそう

 

デジタル加工機の導入で、材木と消費者の距離を縮める

材木をまっすぐカットするパネルソーや、広い面積を一気に研磨するベルトサンダーなどの機材が並ぶ加工エリア

 

「木材を加工するための機械もたくさんありますね。材木そのものを売りつつ、同じ場所で加工まで行うのは珍しいのでしょうか?」

「珍しくはないけど、都市部だと少ないんじゃない? これも土地の話で、広いスペースがあるなら貸した方が儲かるだろうからね」

「事業所だけ都心に置いて、加工は別の場所でやる、みたいなケースもあり得るんですね……あれ、これってShopBot(ショップボット)ですよね!? 」

 

Adobe Illustrator などで作ったデータから木材を切削できるマシン。デジタル加工機を使ったものづくりのなかでも、家具や建築スケールなど大きなものを製作する際に活躍する

 

「よく知ってるね」

「僕は大学の授業で、これを使って椅子を作ったりしてたんです」

 

筆者が学生時代にShopBotで作った椅子(左)と、加工するための元データ(右)。椅子の上に載っている小さい模型はレーザーカッターで製作したもの

 

「遠藤さんも、こういうものづくりがお好きなんですか?」

「別に好きじゃないんだけどさ。材木屋が次々に減っていくなかで、一般の消費者に材木をもっと使ってもらうには、こういう加工も自分でできればいいなと思ってたんだよ」

「手作業では難しい複雑な曲線や、たくさんのパーツも一気に加工できるので、作れるものの幅が広がりますよね。データさえ用意すれば誰でも製作に関われるから、いろいろなコラボレーションも起こりそう」

「撮影用の大道具を作っているお客と話しているうちに、色々な加工機のことを知ったんだ。ShopBotは海外の機械だから最初は買うのをためらってたんだけど、ちょうど俺の知り合いが日本の販売代理店にいて、縁を感じたから、即買いしちゃった」

「判断が早い! でも、新しい機械だと結構な金額になりませんか?」

 

ShopBotをうまく使うと、写真の洗濯板のようになめらかな立体切削もできる

 

「ShopBotを買った時は数百万円だったかな。でもこういう機械を使うと、材木単体の値段に加えて、うちは加工賃も取れるようになるわけ。お客さんからデータをもらって加工して、それを納品する仕事をいっぱいやったから、実はもう元が取れてるんだよ」

「なるほど、一度使い方をマスターしてしまえば、そこからは会社としてもプラスアルファの売り上げが生まれると」

 

「デジタル系の機械といえば、さっきの部屋には薄い板材へのカットや彫刻ができるレーザーカッターもありましたね」

 

レーザーカッターを使うと、かなり細かな加工もできる。焼き焦がしてカットするので、断面が黒くなるのが特徴

 

「あのレーザーカッターで作ったコースターとかの小物を事務所の前で売ってるんだけど、どれくらい売れると思う?」

「えー、どうだろう。1日5千円で、月15万円くらいですかね?」

1ヶ月で100万円くらい売れるんだよ」

「すごい売れてますね!!!」

 

「しかも元々うちに用があった人じゃなくて、ふらっと道を通りがかった人たちが買っていくの。普通じゃ売れないような端材も、うまく加工すればお金になるんだよね」

「人の多い新宿という土地性が生かされている! 端材から価値あるプロダクトを生み出せるのは、デジタル加工ならではの特徴かもですね」

 

木をもっと身近に。学生が活躍するDIYカフェ

「そういえば、遠藤材木店ではカフェも運営しているとか?」

「うちは調布にも営業所があって、そこの1階を『MOCOFFEE (モッコーヒー)』っていうDIYカフェとしてオープンしたんだよ。レーザーカッターとか電動工具が置いてあって、そこでも木工雑貨を販売してるね」

 

「どういう経緯で始まったのでしょうか?」

「完全にノリだね。さっきも話した大道具を作っているお客が、リタイアしたらDIYカフェをやりたいって言っていて、俺もいいと思ったのがきっかけ」

「(お客さんと仲いいなぁ)」

「国の補助金の申請から始めたんだけどさ。『DIYカフェをつくる』なんてタイトルで書類を書き始めたら全然筆が進まなかったんだけど、『一般消費者に対する木材の普及』に変えて、最後にカフェを盛り込んだらスラスラ書けちゃった。それでそのまま無事受かっちゃったわけ」

「カフェそのものというよりも、『木材の普及』というテーマが遠藤さんの考えとマッチして、国からも前向きに評価されたんですね」

 

「それにしても、遠藤さんの人の繋がりがすごいですよね」

「カフェのスタッフも繋がりだね。俺の長男の友達がムサビ(武蔵野美術大学)に入りたくて浪人してる時、うちに材木を買いに来て、それで作品を作って合格したの。そいつが『遠藤さんのおかげで受かりました』って言うもんだから、『じゃあ俺のためにバイトを集めてよ』って頼んで、大学から数人連れてきてもらったんだよ」

「恩返しとしてのリクルート!(笑)」

 

「みんな器用なもんでさ、コーヒーも淹れられるし、レーザーカッターも使えるんだよ。しかも真面目だから、辞める時には後釜を連れてくる。今はバイト代と売り上げが同じくらいだから、仕入れ分はそのまま赤字になってるんだけど、広告宣伝費と思えばどうってことないかな」

「アルバイト先に物を作れる環境があるのは、学生にとっても嬉しいことだと思います」

俺は基本的に、学生には甘くしてるのね。材木の値段も、サービスも。将来うちの社員やお客さんになるかもしれないし、カフェで働いてる奴らが爆発的に売れるおもちゃを開発するかもしれないでしょ? 新宿のレーザーカッターがある部屋も、若い奴に自由に使ってもらってるんだよ」

 

 

失敗したっていい。仲間と共に挑戦は続く

作業場に隣接した、2階建ての綺麗な建物に移動してインタビューを続けます

 

「また別の場所に来ました。ここは一体?」

 

「商談にも使う、うちのショールームだね。レンタルスペースとして時間貸しもしていて、たまに女子会に使われたり、イケメンがお姉ちゃんを集めて貸し切ったりしてるよ。……あいつら何やってるんだろうね?」

「新宿らしい風景なのかもしれないですね(笑)。遠藤さんは最初に『自然のままにやってるだけ』とおっしゃっていましたが、新しい機材を導入したり、カフェを開いたりと、時代に即して事業が続くよう柔軟に対応しているように感じました」

「そつないというか、ちょっと頭がいいんだよ、俺。すごく頭がいいわけじゃないから、大儲けはしないんだけど。いろんなチャレンジもしてるけど、流れで考えれば普通だし、突拍子もないこともやっていない。補助金もしっかり使っているから、実はカタいんだよ」

 

「とはいえ、仕事として新しいことを始めるには、抵抗を感じる人もいそうです。一歩を踏み出すためには、何が必要なのでしょうか?」

「仕事をしていると自然に、何かやってみようとか、新しい機材を買ってみようとか思う奴はたくさんいるんだろうけど、そこで本当にやるかどうかの違いだよね。みんなは思うだけで終わるけど、俺はしばらく思い続けていたら、すぐにやっちゃうわけ。別に失敗しても良いと思ってるし」

「なるほど……! ちなみに、これまで経験した一番大きな失敗を教えていただくことってできますか?」

「失敗もいっぱいしてるよ。取引先が倒産して、売掛金の2600万円が回収できなかったときには、この仕事を辞めてやろうって思ったね。だけど2日後には、ほかにやることもないしって思って、辞めることをやめていた(笑)」

「ショックからの立ち直りも早い! それだけ材木店として働くことに魅力を感じているんでしょうか」

「俺は配達もするし、材木の仕入れや加工機材の操作もする。毎日違う仕事をやっているのが性に合うんだろうね」

「すごく事業もバリエーション豊かですけど、きっかけは遠藤さんの個人的な人との繋がりが多いですよね」

 

「そう。そうなの。俺は町会の副会長もやってるし、人間関係力っていうのが素晴らしく高いから(笑)。普段から何かやりたいなと思っているところに、『おぉ?』と思えるきっかけが知り合いから降ってくる」

「そのきっかけをしっかり掴めるのが、変わりゆく材木業界でも生き抜くためのひとつのポイントかもしれませんね」

「別に業界を背負って立とうとは思っていないけど、時代に合わせて商売の形が変わっていくのは当然だから。今後はネット販売とか動画の活用もはじめるだろうし。もしそこで分からなくても、若い奴らに聞けばいいだけの話だよ」

「そういった頼れる仲間がたくさんいることが、遠藤材木店の大きな強みなのだと感じました。本日はお時間いただき、ありがとうございました!」

 

おわりに

「来る者は拒まず、去る者は追わず。せっかくうちに来てくれるなら、よっぽど変なやつじゃない限り受け入れるようにしている」と語る遠藤さん。その人柄やアクティブさに惹かれ、多くの人が遠藤材木店に関わっていくのでしょう。

 

日々の仕事のなかで、常に好奇心を持ちながら、人との繋がりを生かして新しいチャレンジを続けていく。そんな遠藤さんの姿は、材木業界のみならず、変化の激しい時代を生き抜く私たちにとってのヒントになりそうだと感じた取材でした。

 

もし東京で、たくさんの木材に触れたくなったら、ぜひ遠藤材木店に足を運んでみてください。長い歴史と新しさが組み合わさった、他にない魅力を味わえるはずです。