2015年5月にスタートしたジモコロも、おかげさまで運営5年目に突入しました。

オウンドメディアブームも落ち着いて、企業が捉える情報発信の在り方も変わってきているように思います。継続は力なりの4周年。そして5年目に向けて。ジモコロができることを改めて考えないといけません。

 

写真左が2015年、写真右が2019年の柿次郎

 

ただ編集長として全国行脚を始めてから、歳月分以上に老けた気がします。イノベーションは辺境から常に起きる。この言葉通り全国各地の力強い人たちの言葉を預かって、媒介となってより多くの人に届ける役割…。ジモコロの歴史と共に私の価値観は目まぐるしく変わっていきました。

 

一言でいえば

「人生変わっちゃったよ!どうしてくれんだよ!」です。

 

いや、ほんとに。もう戻れないところまで来てしまいました。独立して会社作ったし、長野に移住して二拠点生活始めたし、なぜかお店もできたし。役割が縦と横に広がり続けていて、365日が闘いです。

 

まぁ、1ミリも後悔していないし、社会変化の激しい時代に飲み込まれながら日々できないことにチャレンジできる人生は素晴らしいことだと思っています。

 

この記事がトリガーとなり、全国の面白いおじさんに会いに行く文化が生まれたんですよね。タケノコ王に出会ったのが運の尽き。一度脳が覚えた快感を忘れられず、いまだ同じ衝動を追い求めている自分がいます。

 

ローカルメディアの立ち位置で言えば、取材を通して地域の課題に触れる日々。常々「どんなことでも面白がろう」と意識してるんですが、農業・林業・漁業といった日本を支える一次産業の深刻な課題や人口減少・少子高齢化・公共インフラの老朽化といったニュースで見るテーマも、土地土地で触れると好奇心がビクンと動きます。

 

それらを面白がる視点で記事にする。間口をもった構成で10〜30代に少しでも伝える努力をする。ジモコロができる役割はこれぐらいです。

 

ただし、編集方針として一つだけ明確にあるのは”未来に残る情報を掘り出すこと”です。言い方を変えれば、移り変わりの激しいウェブメディアにおいてこれから大事な価値となるのは「残ること」ではないでしょうか。

 

物質の本と違って、ウェブ上の情報はサーバーを解約すれば消滅します。アーカイヴ性が実は脆い。誰かの意思で簡単に消えてしまう。だからこそ、残す価値のある情報を捉え続けたい。東京から例え距離があって、手間とお金がかかろうとも、誰かが面白がって取材し続ける姿勢こそ、私自身が考えるジモコロの価値です。

 

さて、5年目を迎えるにあたって、過去に取材をさせていただいた方々にコメントをいただきました。

記事をきっかけに生まれたさまざまな反響について、リアルな声を紹介します!

 

ジモコロの記事で、どんな反響が生まれましたか?

当時、地元側でどんなに発信してもメディアに伝えてもらうことが難しかったのに、100人のライター、ブロガーの皆さまに集まっていただいたことで様々な視点で状況を発信してもらうことができました。

イベント後に追加で取材依頼もいただき、黒川や南小国の情報をメディアで発信してもらえて本当にありがたかったです。

それから、イベントにはそれまでは縁の薄かった、地元の観光業以外の方々も多く関わってくれました。その時生まれた関係性によって、一体となって地域づくりができているのもジモコロのイベントのおかげだと感じています。

(黒川温泉観光旅館協同組合 北里有紀さん)

 

 

先日、産経新聞さんの取材を受けたのですが、記者の方がジモコロの記事を読み、私に話を聞こうと決めたそうです。

今年入った新入社員のなかにもジモコロを読んで就職を決めた子がいたりと、あの記事には今も助けられています!

(大山乳業 福井さん)

 

 

他のメディアから光夫さんを取材したい!ジモコロで見ました!という声が多数。下呂市にとって、ジモコロきっかけでいくつもの取材が成立している事実があります。

ただし、取材の時間も酒の時間も含めて、関わっている時間の長さなのか、ジモコロの方が深く取材できていると思います。

(飛騨の編集者 白石達史さん)

 

 

取材を受けることやWEBメディアに掲載されることで、自分自身の喜びよりも自分を応援している人が喜んでくれた事がわかって嬉しかった。

つまり、記事の内容の価値もさることながら、地味で目立たないかもしれないけど価値がある可能性がある物事や、人物に光が当たることそのものを喜ぶ読者も一定数いるということなんだと思います。

(南場四呂右さん)

 

 

記事を通じて全てが変わった。周りも変わったし自分も変わった。記事をきっかけに自分自身を俯瞰で捉えられて凄く整理されました。また、出会うチャンスがなかった人と出会えるきっかけを作ってくれた事が何より財産です。

今後は記事で取り上げた内容を読者が体験できるようなイベントを期待します。

(sio 鳥羽周作さん)

 

 

お店の特性上、直接顔を合わせた人のものを作りたいという思いのもとやってきたので、オープン当初はお客さんが友人達や地元の方達。そこへ柿次郎さんとの出会いがあり、お店を始めて2年くらい経ったころにジモコロで取材して頂きました。

記事が公開されると首都圏や、遠くは沖縄、北海道からもお客さんが来てくれるようになりました。しかも、記事で「直接顔を合わせた人のものを作りたい」という部分を丁寧に伝えてもらったおかげで、その思いに共感してくれたお客さんばかり。なので、オープン当初から来てくれている友人達や地元の方達と同じような関係性で接することができて、嬉しかったです。

これからも対象に対して丁寧で、その後も関わっていってくれる深さを持つジモコロであり続けてくれることを期待しています!

(OND WORK SHOP 木村真也さん)

 

 

地元高校の文化祭で、ジモコロの記事の一部をパネル展示しました。今後も、地方のニッチな話題をおもしろ楽しく取り上げていただきたいです。

(島根・雲南市役所 鈴木佑里子さん)

 

 

若年層への普及は他のWEBメディアとは比べ物にならないほどです。

比較的、ものづくりを題材にした記事はセンシティブになることが多いからこそ、厳格なものづくりや屈強な製造現場みたいなイメージと、ジモコロさんのユニークな書き方がベストマッチングしているのだろうと思います。

あと一つ特記すべき点では、google検索した際の「燕三条」キーワードに対し、長期的かつ有効的に機能してくださっています。掲載から時間が経ちましたが、未だに「文字が消えるマジックメタル」と「超軽量の名刺入れ」は、どちらもジモコロさんの記事を見て来ましたという方が多いです。

(MGNET 武田修美さん)

 

 

ヤンキー御用達の「短ラン詰職人」世界へ

1本目の公開後、「この記事を読みました」とテレビ2社から連絡がきました。しかも、その内のひとつがNHKのEテレ。そして実際に取材を受けた番組が全国放送されました。

どこのメディアも若くて面白い人を探しています。しかし、中長期的にその人を追い続けているメディアは少ない。ジモコロの桐生の焙煎士の子の記事は、長きに渡り取材されていて、とても楽しいです。ジモコロに紹介された人たちの現在の活躍を知りたいです。

(衣服標本家 長谷川彰良さん)

 

 

記事を機に、テレビの取材がいくつか舞い込みました。お客さんから「読みました」と話しかけられ、売り上げに繋がることもありました。

(松屋の蜜いも 松井さん)

 

 

記事がアップされた30分後に、ヴィレッジ・ヴァンガード様から取り扱いの連絡をいただきました。

その後、東急ハンズ様や江別蔦屋書店様など、記事を読んだ10社近くの会社様と取引、または商談中となっております。テレビ局からも2局問い合わせをいただき、そのうち大阪よみうりテレビ様の「大阪ほんわかテレビ」放送後には、1週間のあいだ受注数が10倍になりました。

北海道の東の果てにある弊社としては夢のような話で、こんなに細かく詳細に聞き取りしてくださって、記事にしていただいたのはジモコロさんだけです。新規のお客様には、弊社の会社概要と一緒に記事をお渡しています。

(環境ダイゼン 窪之内誠さん)

 

 

求職者にわかりやすく説明することが難しい「保全研修」ですが、通常面接時には記事を読んでもらい、保全研修の内容を理解いただいた上で説明会へ来場してもらえました。また、会社の新人も記事を読むことで理解が深まり、研修資料としても活用させていただきました。

切り口が他と違う目線で、かつ内容が下品じゃない(むしろなぜか有益で上品にしあがっている)ところが好きなので、このまま邁進してください!

(日研トータルソーシング 江成淳子さん)

 

 

面接時にジモコロの記事を見ている方が多く、社内の雰囲気が伝わっているようです。

(コーゲツ 鈴木啓仁さん)

 

 

ジモコロの記事のあと、『NEWS ZERO』や『金曜日のスマたちへ』などのテレビ番組をはじめ、雑誌や新聞など色んなメディアから取材いただきました。2018年1月には『15歳のコーヒー屋さん』『コーヒーはぼくの杖』の2冊の本を出版しました。

イベントのお誘いも色々といただき、渋谷ヒカリエや青山コーヒーフェスティバルなどへ出展しました。昨年ごろからは海外からのお話も増え、モナコのレストランで僕のコーヒーを使っていただいたり、中国・香港や、カナダ・バンクーバーのイベントへ出させていただいたりしています。

現在、店頭販売は休止し、現在は月替わりのテーマで焙煎した豆を通信販売しています。また、焙煎だけでなく、洋服づくりや写真も始めました。最初の記事から2年が経ち、ずいぶん環境も落ち着いたので、コーヒーを軸にさまざまな表現に取り組んでいます。

(HORIZON LABO 岩野響さん)

 

17歳になった岩野響さん(撮影:藤原慶)

 

 

未来に残る情報を掘り起こせば、テレビや雑誌のメジャー媒体が動いたり、読者の実行動に繋がったりする。

 

ジモコロの記事が、誰かの人生を良くも悪くも変えてしまう。嬉しい言葉として受け止めつつも、メディアが持つ責任と影響力を自覚して今後も全国行脚していこうと思います。

それでは、5年目のジモコロをよろしくお願いします!

 

☆1〜3周年の記事はこちら

地元のオウンドメディア「ジモコロ」を一年間運営した結果

【ジモコロ2周年】金時山に「60kgの斧」と「目標」を立ててきた

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